◆ トピックス ◆
Ⅴ 気象庁の国際協力と世界への貢献
大気に国境はなく、台風等の気象現象は国境を越えて各国に影響を与えます。このため、精度の良い天気予報とそれに基づく的確な警報・注意報の発表のためには、国際的な気象観測データの交換や技術協力が不可欠です。また、気象分野のみならず、気候や海洋、地震・津波、火山分野においても国際協力が重要です。このため、気象庁は、世界気象機関(WMO)等の国際機関を中心として世界各国の関連機関と連携しているほか、近隣諸国との協力関係を構築しています。
このトピックスでは、令和4年(2022年)の国連気候変動枠組条約(UNFCCC)第27回締約国会議(COP27)で立ち上げられた国連早期警戒イニシアティブの他、国際的なデータ交換、航空気象サービス、南極観測に関する当庁の最新の取り組みなど、気象業務に関する最近の国際的な動向について紹介します。
トピックスⅤ-1 国連早期警戒イニシアティブ「全ての人々に早期警戒を」(EW4All)と気象庁の取り組み

(1)世界的な「防災」の重要性の高まりとEW4Allイニシアティブの立ち上げ
気候変動により気象災害が激甚化する中、気候変動適応策の一つとして世界的に「防災」の重要性が高まっています。一方、開発途上国を中心に、警報を含む気象防災情報が必ずしも有効に活用されていない、その提供自体が出来ていないという現状があります。こうした状況を踏まえ、令和4年(2022年)11月に開催された国連気候変動枠組条約(UNFCCC)第27回締約国会議(COP27)において、グテーレス国連事務総長の主導により、「国連早期警戒イニシアティブ『全ての人々に早期警戒を』(Early Warnings for All(EW4All))」が立ち上げられました。
本イニシアティブは、令和9年(2027年)までの5年間で世界中の人々が早期警戒システムにアクセスできることを目指し、開発途上国等の早期警戒システム構築を推進するものです。ここでいう「早期警戒システム」とは、警報等の防災気象情報を提供する仕組みのことです。本イニシアティブは、世界気象機関(WMO)と国連防災機関(UNDRR)を中心に、国際電気通信連合(ITU)や国際赤十字・赤新月社連盟(IFRC)、さらに各国及び様々な協力機関の連携により進められています。また、本イニシアティブには4つの「柱」となる活動が決められていますが、その中でWMOは、気象の「観測と予報」に関する活動をリードする役割を担っています。
(2)第19回WMO総会
このような背景の中、令和5年(2023年)5月22日から6月2日に、「第19回世界気象会議(WMO総会)」が開催され、国連早期警戒イニシアティブは重要議題の一つとなりました。各国や関係機関の代表から、本イニシアティブへの貢献や今後の活動の進展への期待が述べられる中、WMOは、本イニシアティブへの対応を今後の優先課題とし、開発途上国に対する技術的な支援や人材育成を通じて貢献していくことを決定しました。
(3)今後の気象庁の活動~開発途上国への国際貢献~
これまで気象庁は、世界の中で主要な国家気象機関の一つとして、WMOの活動に参加するだけでなく活動方針の決定にも関わり、さらに、台風やデータ通信、気候等の様々な分野で、アジア各国への支援を責務とするWMO地区センターの運営を行ってきました。また、昭和52年(1977年)に気象衛星ひまわりを打ち上げ、以後、歴代のひまわりの観測データをアジア太平洋の各国に提供してきました。
また、気象に加え、海洋や、地震・火山関連業務を対象に、開発途上国での能力向上及び日本の技術移転を促進するため、外務省、国土交通省及び国際協力機構(JICA)と協力して、JICAの無償資金協力、技術協力プロジェクトや課題別研修等において、研修員の受け入れや専門家の派遣を行っています。
EW4Allの実現に向け、気象庁は、世界的にも先進的な技術・知見を生かし、今後とも、我が国及び世界の気象業務の発展・改善に積極的に貢献するとともに、開発途上国への国際貢献を続けていきます。


コラム
●開発途上国での早期警戒システムの強化に向けた取り組み

国際協力機構(JICA)地球環境部防災グループ
築添 恵
国際協力機構(JICA)では、日本政府の政府開発援助(ODA)の実施機関として、熱帯地方や小島しょ国など自然災害の多発国である開発途上国に対して気象局の能力強化や気象レーダーなど機材整備を行い、これまで約30ヵ国でプロジェクトを実施しました。昭和48年(1973年)から実施する気象庁での課題別研修や現地への日本人専門家派遣など、相手国に寄り添った長年の協力の成果もあり、近年ではこれら気象局が国民の命を守る防災機関として国をリードする存在となっています。フィジー気象局は、南太平洋の国々に対してサイクロン警報や研修を提供するなど、地域拠点として重要な役割を果たしています。
令和5年(2023年)のWMO総会では、令和9年までのEW4All達成に向けた議論が行われ、アルゼンチン、インドネシアなどのJICAのパートナーがリーダーシップを発揮しました。一方で、気象衛星や数値シミュレーションなどの高度な科学技術の利用や災害のインパクトに応じた警報の仕組みなど、防災先進国である日本の取り組みや気象庁の技術・知見を活用した協力が必要とされているため、引き続き、気象庁と連携して国際気象業務の推進や開発途上国の発展に取り組んでいきます。

コラム
●第19回世界気象会議(WMO総会)
WMOは、世界の気象業務の調和的発展を目標として設立された国際連合の専門機関の一つです。全構成員が出席する世界気象会議(WMO総会)を4年ごとに開催し、向こう4年間の運営方針・事業計画・予算を決定するとともに、役員(総裁、副総裁、執行理事)及び事務局長の選出を行います。また、総会で選出された37名により構成される執行理事会を毎年開催し、事業計画実施の調整・管理に関する検討を行っています。我が国は昭和28年(1953年)の加盟以来、アジア地区における気象情報サービスの要として中心的な役割を果たしてきており、歴代気象庁長官は執行理事としてWMOの運営に参画しています。

第19回WMO総会は、令和5年(2023年)5月22日から6月2日まで、スイス・ジュネーブにおいて開催され、我が国から大林正典気象庁長官(当時)を首席代表とする政府代表団が出席しました。
総会では、令和6年(2024年)から令和9年の事業計画や予算を決定し、①社会ニーズに対応したより良いサービス、②地球システム観測・予測、③ターゲット研究の推進、④サービス能力の向上、⑤WMO組織の戦略的再編成の5つの長期目標のもと引き続き活動することを決定しました。
また、役員等の選出では、事務局長にアルゼンチン気象局長官だったCeleste SAULO氏、総裁にはアラブ首長国連邦気象局長官のAbdulla Ahmed AL MANDOUS氏が選出され、当庁の大林長官は執行理事に選出されました。
総会では、様々な議題において我が国から積極的に発言を行い、大いに存在感を示すことができたと思います。また、会期中に在ジュネーブ国際機関日本政府代表部 山﨑和之特命全権大使(役職は当時)と大林長官の主催のレセプションを開催して我が国の取り組みを紹介し、EW4Allに資する防災先進国としての我が国の貢献及び先駆性をアピールすることができました。気象庁は、世界的にも先進的な技術・知見を生かし、今後とも我が国及び世界の気象業務の発展・改善に貢献していきます。

トピックスⅤ-2 WIS2.0導入に向けたワークショップ開催
(1)国際的な気象データ交換の発展
観測データ等を国際的かつ迅速に交換するためには、全世界的な情報基盤が不可欠です。世界気象機関(WMO)情報システム(WIS)は、気象に関するデータなどの情報を国際的に効率よく交換・提供するために、WMOが構築した情報基盤です。近年は、数値予報や衛星のデータ等の高密度・高頻度化に伴って増え続けるデータ量・種類に対応するため、次世代の情報基盤となるWIS2.0の開発がWMOによって進められており、インターネットを活用し汎用的なWeb技術によるデータ交換を目指しています。

(2)開発途上国への技術支援
気象庁はWISの中核センターの一つとして、気象通信技術の高度化を推進するとともに、東南アジア地域を対象とした技術支援を通じて観測データ等の効率的な国際交換・提供に貢献しており、各国気象機関の職員を招聘するWISワークショップを定期的に開催しています。平成22年(2010年)から計7回のWISワークショップを開催し、実践的な通信技術に関する講義や実習等を行ってきました。
(3)第7回WISワークショップの開催
気象庁は、令和5年(2023年)11月28日から30日にかけて、東南アジア地域を中心とする9か国の気象機関の職員に参加いただき、WISワークショップを対面・オンラインの併用で開催しました。今回のWISワークショップでは、各国のWIS2.0移行を後押しすることを目的に、様々な講義を行うことに加え、WIS2.0のソフトウェアを用いた実習も行うことで、WIS2.0におけるデータ取得や発信等の流れについて参加者に理解を深めていただくことができました。気象庁は、今後もWISワークショップの定期的な開催に加え、各国への現地訪問等による技術支援を通じて、継続的な国際協力に貢献していきます。

コラム
●ICAOにおける航空気象サービスの高度化に向けた検討

国際民間航空機関(ICAO)航空技術局 気象技術官
龍崎 淳
国際民間航空機関(ICAO)では、昭和19年(1944年)に採択された国際民間航空条約(シカゴ条約)に基づき、国際航空の持続的な発展のための国際標準・勧告方式やガイドラインを策定しています。航空の安全性・効率性や保安の維持・確保に加え、近年では航空による気候変動への影響の軽減も重点目標の一つとなっています。航空機は運航のあらゆるフェーズにおいて、気象の影響を受けます。そのため、シカゴ条約第3附属書において、航空気象サービスに関する国際標準・勧告方式を定め、世界各国の空港や上空における気象状況やその変化を航空管制機関や民間航空会社、パイロット等に遅滞なく伝達する枠組を整えてきました。
現代の社会経済への航空の果たす役割は大きく、航空輸送への更なる需要増大に対応する、将来の航空交通システムの実現に向けた様々な取り組みが進められています。ICAOグローバル航空計画(Global Air Navigation Plan)では、航空機が地上システムや他の航空機と気象情報を含む必要なデータを常に送受信しながら、最適な軌道(Trajectory)を飛行する「軌道ベース運航(Trajectory Based Operation)」の導入に向けたロードマップがまとめられています。航空気象サービスについても大きな変革が求められており、従来の定型的な文字形式・図形式情報の配信から、XML等の汎用デジタル技術を駆使した高精度の気象データの送受信に移行し、航空ユーザーの意思決定をより直接的かつ高度に支援するサービスの実現が計画されています。

私が事務局を担当しているICAO航空委員会気象パネル(Meteorology Panel, METP)では、日本を含む31か国の専門家がメンバーとなり、航空気象サービスの高度化について、様々な角度から議論しています。日本は、上空の強い偏西風や地上の雷雨・強風・降雪、さらには台風や火山灰に至るまで、航空機の運航に影響を及ぼすあらゆる現象が発生する環境にあります。このような環境下で航空の安全性・効率性を支えてきた日本の経験や知見が、ICAOにおける検討に是非生かされるよう、事務局という立場からも大いに期待しています。
トピックスⅤ-3 第66次南極地域観測隊越冬隊長派遣
令和6年(2024年)12月に南極昭和基地に向けて日本を出発する第66次南極地域観測隊へ気象庁から越冬隊長を派遣します。気象庁から越冬隊長を派遣するのは4年ぶり6人目となります。越冬隊長は、越冬隊を統括し各種の重要な観測を確実に遂行することが課せられており、その責任は非常に重大です。

気象庁からは例年の観測隊へも職員を定常観測気象部門へ派遣しています。昭和基地では第1次隊からの地上気象観測をはじめとして、高層気象観測、オゾン観測、日射放射観測などを現在実施しています。観測データは、即時的に全世界に通報し各国の予報に利用されるほか、世界気象機関(WMO)の全球気候観測システム(GCOS)や全球大気監視(GAW)計画、世界気候研究計画(WCRP)の観測地点として各データセンターへ提供しています。一方、天気解析を通して、隊員に対し情報を発信し、野外活動での安全を守っています。特にふぶきで見通しが悪くなると、遭難するおそれがあります。越冬隊長は外出禁止令などで外出を制限するなど、隊全体の安全管理を行っています。
コラム
●南極地域観測隊における気象庁の位置付け

大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構
国立極地研究所
伊村 智 南極観測センター長
令和6年(2024年)の冬、南極昭和基地には第65次隊が到着し、活動を開始しています。その数字が示す通り、途中に短い中断をはさみながらも、日本の南極観測活動は間もなく70周年を迎えようとしています。この間、昭和基地における気象観測は、ひと時も途絶えることなく綿々と続けられ、貴重なデータを世界に提供してきました。世界に先駆けてのオゾンホールの発見や、温室効果気体の濃度上昇、定常気象通報など、南極から発信してきた気象観測の成果は数知れません。
昭和基地で一年間観測に従事する越冬隊員は、毎年30人程度です。その中で最大の勢力を誇るのが、5人からなる気象チームです。隊の2割弱を占めるチームは、全体の雰囲気さえも左右する、まさに隊の中核とも言える集団となっています。観測隊を編成する極地研と、隊の中核を派遣する気象庁。まさに日本の南極観測は、極地研と気象庁のタッグによって続けられてきたのです。
これからも、南極観測の100年、さらにその先に向けて、よろしくお願いいたします。