◆ トピックス ◆
Ⅱ 線状降水帯による大雨災害の防止・軽減に向けて
線状降水帯は、次々と発生した積乱雲により、線状の強い降水域が数時間にわたりほぼ同じ場所に停滞することで、大雨をもたらします。令和5年(2023年)は、6月初めの西日本から東日本の太平洋側での大雨、6月末以降の梅雨前線による大雨、8月の台風第6号と第7号、9月の台風第13号による大雨等に伴い線状降水帯が発生しており、各地で被害が発生しました。線状降水帯は、現状の観測・予測技術では正確な予測が困難なため、気象庁では線状降水帯を引き起こす水蒸気等の観測を強化するとともに、強化した気象庁スーパーコンピュータや「富岳」を活用した予測技術の開発等を進め、防災気象情報の改善を段階的に実施しています。

トピックスⅡ-1 観測の強化
線状降水帯の発生をいち早く捉え、また予測精度を向上するには、大気の状態を正確に把握することが重要です。そのために気象庁では、水蒸気等の観測の強化に取り組んでいます。
(1)気象庁気象ドップラーレーダーの二重偏波化による解析雨量等の精度改善
線状降水帯発生の監視には、正確な雨量、積乱雲の発達過程等の把握が重要です。気象庁では、全国の気象ドップラーレーダーを順次二重偏波化することで実況監視能力を強化し、防災気象情報の改善等に役立てています。従来の気象ドップラーレーダーは、反射する電波の強さから降水強度を得ていますが、二重偏波気象ドップラーレーダーでは、水平・垂直の2種類の偏波を送受信し、それらの違いを利用して降水強度をより正確に把握できます。気象庁で令和4年度(2022年度)までに二重偏波化した10サイト(釧路、仙台、東京、名古屋、福井、大阪、広島、福岡、種子島、室戸岬)について、二重偏波情報を利用して、令和5年(2023年)5月に速報版解析雨量の改善を、令和5年10月に速報版降水短時間予報の改善を行いましたので、紹介します。
解析雨量とは、レーダーから得られる雨量と地上雨量計のデータから1時間に降った降水量の分布を解析したもので、速報性を重視する速報版解析雨量では、最後の10分間の雨量を解析時刻の10分前までの観測値で補正しています。二重偏波情報を利用することで、強雨域の降水強度が高精度に推定できることから、強雨域ではこの情報を利用することで10分前までの観測値による補正を不要とする技術を開発しました。この手法を東京レーダーについては令和4年(2022年)3月に、東京以外の9サイトについては令和5年5月に導入することで速報版解析雨量の精度を広範囲で改善しました。また、降水短時間予報でも、速報版解析雨量と同様の手法を初期値作成に用いて予報精度が改善することを確認し、令和5年10月から二重偏波情報を採り入れた予測値の提供を開始しています。
図は、速報版降水短時間予報の予測改善例(1時間先の予測)です。二重偏波情報を利用していない予測(中図)では、解析雨量(右図)に比べて白線に囲まれた付近の降水域を弱く予測していましたが、二重偏波情報を利用した予測(左図)では、より解析雨量(右図)に近い分布になっていることが分かります。令和5年度に二重偏波化したサイト及び今後二重偏波化されるサイトについても、精度の向上が確認でき次第この手法を導入していく予定です。

(2)海上における水蒸気観測
線状降水帯の予測には特に海上からの水蒸気の流入を正確に把握することが重要です。その水蒸気流入を監視するため、令和3年(2021年)に、気象庁が所有する海洋気象観測船(凌風丸・啓風丸)と海上保安庁測量船4隻により、GPS等の全球測位衛星システム(GNSS)を用いた海上における水蒸気観測を開始し、令和5年までに民間企業の貨物船・フェリー10隻を加え、計16隻による観測網を構築しました。
令和6年(2024年)3月に竣工した新しい凌風丸では、引き続き啓風丸とともに、線状降水帯の予測精度の向上に寄与するため、水蒸気流入が想定される海域での機動的なGNSS観測・高層気象観測を実施します。

コラム
●凌風丸IV世の竣工
気象庁では、凌風丸と啓風丸の2隻の海洋気象観測船により、線状降水帯の予測精度向上のための海上における機動的な水蒸気等の観測、地球温暖化の監視・予測のための海洋中の二酸化炭素量の把握、及び海洋の長期的な変動と気候変動との関係の調査等を目的として、我が国周辺海域や北西太平洋海域において、海上気象観測及び海洋観測を実施しています。
平成7年(1995年)以来運用されてきた凌風丸Ⅲ世の老朽化に伴い、新たな観測船が建造され、令和6年(2024年)3月に竣工しました。凌風丸は昭和12年(1937年)竣工の初代から数えて4代目となります。

新しい凌風丸は、先代の凌風丸と比べて、観測設備の充実や操船性能の向上、生活環境の改善に加え、窒素酸化物(NOx)規制に対応した装置やバラスト水処理装置などの最新の環境対応設備も備えています。気候変動の長期的な監視及び洋上における気象の観測において、啓風丸とともに、引き続き大きな役割を担うことが期待されています。
コラム
●線状降水帯等の予測精度向上に向けた「ひまわり10号」の整備
気象庁では、現在、日本の上空から気象観測を行う衛星として静止気象衛星「ひまわり8号」及び「ひまわり9号」を運用しています。これらの衛星に搭載している観測機器は令和11年度(2029年度)までに設計上の寿命を迎えます。このため、令和5年より次期静止気象衛星「ひまわり10号」の整備に着手しました。

「ひまわり10号」では、「ハイパースペクトル赤外サウンダ」を新たに搭載します。これは、大気中の水蒸気等を3次元的に観測するものであり、これにより台風や線状降水帯などの顕著な現象を始めとする気象現象の予測精度が飛躍的に向上することが見込まれます。従来から活用している雲や海面水温等を2次元に観測する「イメージャ」についても、観測精度の向上、観測画像の種類の増加(16種類から18種類に増加)等、現行衛星と比べて更なる機能向上を予定しています。そのほかにも、総務省及び国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)との連携のもと、宇宙環境センサを「ひまわり10号」に搭載することで、太陽活動に伴う自然現象の現況把握及び予測(宇宙天気予報)の精度向上が期待されます。
気象庁では、「静止気象衛星に関する懇談会」において、有識者の方々に今後の気象衛星の整備・運用のあり方についてご議論をいただき、令和5年(2023年)7月には、線状降水帯等の激甚化する気象現象から国民の生命・財産を守るために、赤外サウンダを搭載するひまわり10号の整備を着実に進めること等について提言いただきました。気象庁は、この「とりまとめ」を受けて、令和11年度の運用開始に向けて着実に整備を進めていきます。
トピックスⅡ-2 予測の強化
気象庁では、防災気象情報の発表や気候変動等の監視・予測のために、スーパーコンピュータ上で数値予報モデルによる気象予測の計算を行っています。線状降水帯の予測精度の向上に向けて、数値予報の技術開発を推進するなど予測の強化に取り組んでいます。
(1)新しいスーパーコンピュータシステムの運用開始
予測精度向上に必要となる、より詳細な計算を行うため、令和6年(2024年)3月に新しいスーパーコンピュータシステム(以下「新システム」という。)へ更新しました。新システムは、更新前の約2倍の計算能力を有し、令和5年3月に導入した線状降水帯予測スーパーコンピュータの運用と合わせて、更新前の約4倍の計算能力になります。
新システムの運用開始にあわせて、局地モデル(水平解像度2km)の予測時間をこれまでの10時間から最大18時間に延長する改善を行いました。これまで線状降水帯による大雨の半日程度前からの呼びかけには水平解像度5kmのメソモデルが主に用いられてきましたが、線状降水帯を構成する積乱雲をより詳細に表現できる局地モデルの予測結果も、線状降水帯の半日程度前からの呼びかけに利用することが可能となりました。

今後は、新システムと線状降水帯予測スーパーコンピュータを活用し、令和7年度末(2025年度末)には局地モデルの水平解像度を2kmから1kmに高解像度化して予測精度の向上を図るとともに、強雨域の確率予測を可能とする局地アンサンブル予報システムを新たに運用開始するなど、数値予報モデルの改良及び観測データの高度利用に向けた技術開発を引き続き推進し、線状降水帯の予測精度向上を図っていく計画です。

(2)「富岳」を活用した新たな学官連携の取り組みとリアルタイムシミュレーション実験
気象庁では、線状降水帯の予測精度向上に向けた数値予報モデルの技術開発を加速化するため、文部科学省・理化学研究所の協力の下、スーパーコンピュータ「富岳」を活用し、数値予報モデルの高解像度化や数値予報における観測データの利用手法高度化等の技術開発を進めています。
大学や研究機関が有する先端的な知見を活用して、観測データ利用手法高度化の開発を加速化させるため、令和4年(2022年)に観測データの利用に必要なプログラムを「富岳」でも利用できるよう実験システムを構築しました。令和5年には、この実験システムを活用した新たな学官連携の取り組みとして、気象庁が整備した二重偏波気象ドップラーレーダーや静止気象衛星ひまわりの観測データの高度利用をテーマとした共同研究提案を広く募集しました。外部有識者を含む選定委員会による選定を経て、「富岳」を活用した3件の共同研究を大学や研究機関と実施しています。
また、水平解像度を2kmから1kmに高解像度化した局地モデルを令和7年度末(2025年度末)に運用開始するための開発の一環として、開発中の水平解像度1kmの局地モデルのリアルタイムシミュレーション実験を令和4年より実施しています。令和5年には6月8日から10月31日までの期間、予測領域を日本全域に拡張(令和4年は西日本領域で実施)してリアルタイムシミュレーション実験を実施しました。局地モデルの水平解像度を高解像度化することにより、強い降水を過大に予測する傾向は残るものの、観測された降水量により近くなることが分かりました。
さらに、「富岳」では数値モデルの予測計算を高速化するための技術開発も進めています。ここで得られた知見を「富岳」と同型の機種である線状降水帯予測スーパーコンピュータにも適用することで、令和5年度末(2023年度末)に局地モデルの予測時間を10時間から18時間に延長することが出来ました。

トピックスⅡ-3 情報の改善
気象庁では、「明るいうちから早めの避難」を促すために半日前から線状降水帯による大雨となる可能性を伝える情報と、「迫りくる危険から直ちに避難」を促すために線状降水帯の発生をお知らせする情報を提供しています。線状降水帯による被害軽減のため、これらの情報を段階的に改善しています。
(1)線状降水帯による大雨の半日程度前からの呼びかけ
令和4年(2022年)6月から開始した、半日前から線状降水帯等による大雨となる可能性を伝える情報では、線状降水帯が発生して大雨災害発生の危険度が急激に高まる可能性がある程度高いことが予測できた場合に、半日程度前からその旨を呼びかけています。これまでは全国11の地方単位で広く呼びかけていたところ、予測時間を延長した局地モデルやメソアンサンブル予報を用いた危険度分布(キキクル)も活用し令和6年5月からは対象地域を狭め、府県単位を基本に絞り込んで呼びかける運用を開始しました。
この呼びかけは、大雨に対する心構えを一段高めていただくことを目的としています。この呼びかけだけで避難行動を判断するのではなく、大雨による災害のおそれがあるときは気象情報や早期注意情報、災害発生の危険が迫っているときは大雨警報やキキクル等、気象台から段階的に提供する防災気象情報や、市町村が発令する避難情報と併せて活用いただくことが重要です。
令和11年(2029年)には市町村単位で危険度の把握が可能な危険度分布形式の情報の提供を目指しており、夜間に線状降水帯による大雨の可能性が予想された場合などに、明るいうちから早めの避難につなげられるよう、引き続き予測精度の向上に取り組みます。

(2)「顕著な大雨に関する気象情報」のより早い段階での発表
気象庁では、令和5年(2023年)5月から、線状降水帯の発生をお知らせする「顕著な大雨に関する気象情報」をより早い段階から提供する運用を開始しました。この情報は、大雨による災害発生の危険度が急激に高まっている中で、線状の降水帯により非常に激しい雨が同じ場所で降り続いている状況を「線状降水帯」というキーワードを使って解説する情報で、令和3年6月より運用しています。これまで発表基準を実況で満たしたときに発表していたところ、線状降水帯による大雨の危機感を少しでも早く伝えるため、予測技術を活用し、最大で30分程度前倒しして発表しています。同時に、雨雲画像に重ね合わせ表示される線状降水帯の雨域を示す楕円についても表示します。

新たな運用開始以降、多くの事例で実際に前倒しして情報を発表し、危険な状態であることをより早くお知らせすることができています。さらに、令和8年(2026年)には2から3時間程度早く情報を提供することを目指しています。
この情報が発表されるときには、既に大雨が降っており、今後さらに大雨が降って災害発生の危険度が急激に高まるおそれがありますので、市町村が発令する避難情報等と併せて、適切な対応をとっていただくことが重要です。