◆ トピックス ◆
Ⅰ 地域防災支援の取り組み
近年自然災害が相次いで発生しており、地域における防災対応力の向上が重要となっています。このため全国各地の気象台では、「あなたの町の予報官」や、「気象防災ワークショップ」、首長訪問など地方公共団体や関係機関と一体となって災害に備えた平時の取り組みを進めるとともに、災害時においては地方公共団体や関係機関と速やかに危機感を共有し、その災害対応を支援するため、市町村長へのホットラインや、気象の見通しに応じた説明会、「JETT(気象庁防災対応支援チーム) 」などの取り組みを進めています。さらには、地方公共団体と共同で災害時の対応について「振り返り」を実施しており、気象台及び地方公共団体双方の防災対応を検証することで、気象台が発表する防災気象情報や地方公共団体支援の更なる改善につなげています。
トピックスⅠ-1 平時・災害時の地域防災支援の取り組み
(1)あなたの町の予報官
気象台では、地方公共団体の防災業務を支援するため、管轄する地域内を複数の市町村からなる地域に分け、その地域ごとに3名から5名程度の職員を専任チーム「あなたの町の予報官」として担当する体制を敷いています。
このチームは、担当する地方公共団体の地域防災計画や避難情報の判断・伝達マニュアルの改定に際して資料提供や助言等を行うほか、教育委員会や福祉部局等が実施する防災教育や要配慮者対策にも協力しています。

こうした平時における取り組みを通じて、地方公共団体と気象台の担当者同士で緊密な「顔の見える関係」を構築し、緊急時には、この構築した関係性を活かし、地方公共団体の防災担当者のニーズに合わせた説得力のある適時・的確な助言を行っています。
(2)気象防災ワークショップ
「気象防災ワークショップ」とは、時々刻々と変化する気象状況に応じて発表される防災気象情報を踏まえ、避難情報の発令など地方公共団体が講じるべき防災対応を模擬体験するものであり、ワークショップを通じて、防災気象情報を適切に理解するとともに、体制の強化や避難情報の発令の判断のポイントを学ぶことができます。全国各地の気象台では、地方公共団体を対象に「気象防災ワークショップ」を積極的に開催しており、令和5年度(2023年度)は、延べ1,005市町村に参加していただきました。このほか、指定公共機関や教育機関、自主防災組織等を対象としたワークショップも開催しています。例えば、日本郵便株式会社と共同で開催したワークショップにおいては、洪水や津波が襲来する場面を設定し、時々刻々と変化する状況下で、同社の防災担当職員が顧客の安全確保や業務継続の判断などを模擬体験する場を設けました。

令和6年度も引き続き、防災気象情報の理解と利用の促進につながるよう、各地でワークショップを開催していきます。
(3)ホットライン、JETT(気象庁防災対応支援チーム)
災害の発生が予想されるような顕著な現象の場合は、気象台が持つ危機感を気象台長から直接市町村長へ電話で伝え、避難情報に関する助言等を行うホットラインを実施しています。さらに災害時には、気象台から地方公共団体の災害対策本部等へJETTを派遣し、災害対応現場のニーズを踏まえた気象状況のきめ細かな解説等を行っています。JETTの創設以降、令和6年(2024年)3月末までに延べ7,400名を超える職員を派遣しました。地方公共団体からのJETT派遣への期待が高まっていることから、令和4年度(2022年度)以降、迅速なJETT派遣を可能とするための気象台の体制強化も図っています。そのほか、気象の見通しの推移に応じて、オンライン会議システムで説明会等を開催するなど、状況に合わせた様々な手段で地方公共団体や関係機関に警戒を呼びかけています。
トピックスⅠ-2 気象防災アドバイザーの拡充
気象庁では、地方公共団体の防災業務を支援し、地域防災力の強化に貢献する一環として、「気象防災アドバイザー」の拡充と地方公共団体における活用の促進に取り組んでいます。気象防災アドバイザーとは、気象庁退職者や所定の研修を修了した気象予報士に国土交通大臣が委嘱する気象と防災のスペシャリストとして、地方公共団体に任用され、防災気象情報の読み解きや、それに基づく市町村長に対する避難情報発令の進言、地域住民や市町村職員を対象とした防災出前講座を行っています。令和6年(2024年)4月時点で272名に委嘱していますが、令和5年度(2023年度)には、40団体において41名の「気象防災アドバイザー」が活躍されました。

また、「気象防災アドバイザー」の一層の拡充に向け、気象庁では令和4年度(2022年度)から気象予報士を対象とした「気象防災アドバイザー育成研修」を実施しています。
近年、急激な河川増水や土石流といった状況の急変を伴う災害で犠牲者が出ていることが課題となっており、被災した地方公共団体の職員や住民からは「危険な兆候を目で見て確認するまで避難の判断ができなかった」「これほど急激に災害が発生するとは到底予想できなかった」といった声が聴かれます。このように地方公共団体の防災の現場では、状況の急変を見越して避難情報発令の迅速な判断を下すことが必要とされています。この必要性に応えられるよう「気象防災アドバイザー育成研修」では、内閣府の「避難情報に関するガイドライン」に基づく避難情報発令の判断方法を習得する訓練等を通じて、地方公共団体の職員として、限られた時間の中で予報の解説から避難の判断までを一貫して扱うことのできる即戦力となる人材を育成しています。
このような人材を育成するため、令和5年度の同研修を実施するにあたり「ガイドラインに基づく避難情報発令の判断」「地形から災害リスクを読み取る方法」「想定を超えて降り続く線状降水帯の恐ろしさ」「大河川からの背水による支川氾濫」に関する知識・技能・姿勢の習得を大きな柱としたカリキュラムを組み立てました。

特に、避難情報発令の判断については、地方公共団体の現場で何度も避難情報発令を主導した経験を持つ講師の指導のもと、過去の災害事例を模擬体験できる訓練を計13回実施しました。さらに、実際に首長の判断を補佐した経歴を持つ講師の監修と実演により、首長への説明を再現したロールプレイ形式の演習を実施しました。また、河川管理者によるバックウォーター現象※に関する講義をはじめ、災害や避難に関する全38講座を開講しました。これらの訓練や講座で習得した内容を地方公共団体職員として適切に情報発信できるよう、受講生自身が講師役となって、気象台職員を住民等に見立てた模擬ワークショップを開催しました。
※河川や用水路などの開水路において、下流側の水位高低の変化が上流側の水位に影響を及ぼす現象のこと。背水(はいすい)ともいう。
コラム
●気象防災ワークショップを活用した日本郵便における危機管理体制の充実

日本郵便株式会社 総務室 課長
若松 忠秀
全国の郵便局を店舗にもつ弊社では、自然災害時に「人命最優先」の対応をとりつつ、社会インフラとして業務継続を行うことで社会の期待に応えていきたいと考えています。
近年、災害が頻発化しており、本社と支社(北海道から沖縄まで13エリアに分けて管轄)の危機管理担当が、司令塔としての役割発揮を求められています。しかしながら、発災時対応の経験頻度により対応力に差があり、不安を抱える現状がありました。
そこで、令和5年度から、気象庁様の全面協力を得て、風水害や津波を想定したワークショップを開催。キキクルや大津波警報といった防災気象情報を利用した、お客さま・社員の安全をどう確保するかについてのグループ討議を行い、解説を加えていただきました。参加者からは「専門的な話を直接聞く機会となり、防災知識が深まった」と満足度の高い意見が多く、弊社にとって大きな一歩となりました。
「伝えて終わりではなく、伝わるまでやる。」
気象庁様の情熱を感じるワークショップを強く推薦したいと思います。

コラム
●市町村での気象防災アドバイザーの必要性(気象防災アドバイザー育成研修)

新潟県直江津港湾事務所長 (気象防災アドバイザー育成研修「大河川と中小河川の違いと留意点」「総合的な被害抑止施策の実施(水害)」「災害コミュニケーション~適切な話し方・適切な資料のつくり方~」講師)
長尾 聡
過去の大規模水害時に実際の現場で起きた事象をベースに、その教訓やポイントをお伝えすべく、本研修の設立時から講師を務めている新潟県の長尾と申します。担当講座の1つの「大河川と中小河川の違いと留意点」では、大河川は上流の水位変化などを踏まえて発表される洪水予報とタイムラインに沿った着実な対応が必要なこと。一方、地方公共団体が管理する中小河川では、降雨から水害が発生するまでの時間が短く、河川の「急激な水位上昇」への対応が課題となっていること。さらに、合流先の大河川からのバックウォーターにも注意が必要なことなどを解説しました。
水害による被害を防止・軽減するためには「気象(どんな雨が降るのか)」、「河川砂防(どんな事象が起こるのか)」、「防災(どう対応・避難すべきか)」に関する一連の体系的な知識と情報分析能力を有した人材が必要となります。本研修を受講した気象防災アドバイザーは、最新の把握手法を活用し、多数の災害事例を通じて訓練し習得しています。住民の命を守るべく、今後の気象防災アドバイザーの活躍に期待するとともに、「気象防災アドバイザーは災害時の刻々と変わる情報を素早く読み解いて、避難情報発令等も市町村長に進言することができる、他では代えがたい有為な人材」であるということを関係者の皆様には是非ともご認識いただき、活躍の場も益々増えていくことを期待しています。