気象庁地震観測所技術報告  第9号 37~45頁 昭和63年3月

松代地震観測所での地下核実験の観測能力について(1) 短周期世界標準地震計の場合

石川有三・柿下毅・涌井仙一郎・北村良江・村越真理子*

The Observation capability of underground nuclear explosions at Matsushiro Seismological Observatory.

Yuzo Ishikawa, Takeshi Kakishita, Sen-ichiro Wakui, Yoshie Kitamura, and Mariko Murakoshi

*:日本気象協会長野支部

1. はじめに

 地震観測所では,外務省から気象庁に委託された「地下核実験検証基礎デ-タ(地震波)調査」に1986年以来協力してきた(日本気象協会,1986,1987).これまで,当所の地下核実験に対する検知能力については,いくつかの調査(山岸・他,1973,関・他,1980,涌井・柿下,1986)が行われてきたが,あまり,はっきりした結論は得られていない.そこで,今回は当所に設置されている短周期世界標準地震計(固有周期1秒10万倍,1978年から5万倍,以下WWSS SPと略す)の記録から世界各地の地下核実験に対する当所の観測能力を調べた.ただ,ここで取り上げた観測能力とは,地下核実験を自然地震と区別して識別する能力の識別力とは違い,単に地下核実験による地震動を観測できるかどうかを主な問題として取り扱う.

2. 資  料

 まず,正確な核実験情報は入手できないため,1968年から1984年までの17年間で米国地質調査所(以下、USGSと略す)のPDE(Preliminary Determination of Epicenters)ファイルから,“Explosion”と報告されているものをすべて抜き出して利用した.この期間を選んだのは次の理由からである.まず始まりは松代群発地震が1965年から始まったため,群発地震の活発であった期間は,遠地地震波の読み取りの条件があまり良くなかったと考えられる.従って,群発地震の活動がほぼ収まった1968年からを調査対象とした.また,1978年からWWSS SPの感度がそれ以前に比べ1/2となったが(長田・他,1988),そ れ以降のデータも補正して用いた.

 図1にその抜き出した“Explosion”のイベントの震源パラメ-タを使って震央分布図を示した.この震央分布図からA,B,C,D,E,Fのノバヤゼムリヤ(震央距離54゜,松代からの方位は北から時計回りで339゜),セミパラチンスク(45゜,307゜),ルプノ-ル(37゜,292゜),アムチトカ(33°,50°),ムルロア(98゜,112゜),ネバダ(79゜,51゜)のそれぞれの核実験場がはっきりわかる.しかし,それら以外にアメリカ中・東部にも震央が見られ,この“Explosion”が,核実験以外の人工爆破を含んでいるのは明らかである.しかし,ここでは遠地における核実験の検知力を問題にしているので,遠地の一般の人工爆破が,当所ではとらえられないと考えられることから,この“Explosion”のリストに基づく調査から,当所で地震波形が観測されている場合は,このイベントを核実験として取り扱う.主に使ったデ-タはWWSS SPの上下動成分記録で初動から5秒以内の最大全振幅とその周期を読み取った値である.他に,PP,Pc P相についても調べた.

3. 核実験の観測能力

 当所における地震の検知力は,単純に震央距離だけに依存するものではないことが既に報告されているが(山岸・他,1972),核実験が行われている場所は非常に限られた地点なので,主に震央距離との関係で調べる.  まず図2aに示したのは,PDEファイルの“Explosion”と報告されているイベントが当所のWWSS SPに読み取り可能な程度で記録されているかどうかを震央距離とmbの座標上に表した.なお,mbが決っていないものはmbの値を0とした.丸印はP波初動が読み取れたもので,バツ印はそうでないものを示した.図2aでは両方が重なり混じってわかりにくい部分もあるため,図2b,cにそれぞれP波が読み取れたものだけと,そうでなかったものだけの図をそれぞれ示した.△(震央距離)45゜付近のマークはセミパラチンスク,56゜はノバヤゼムリヤ,79゜はネバダ,98゜はムルロアの各実験場のイベントに対応している.これらの図からWWSS SPで観測可能なイベントの最小mbは,△30゜以遠で(△79゜のネバダ実験場のものを除けば)4.8程度であると見ることもできるが,△に依存した直線関係があると見ることも可能である.△に依存した直線関係は

     mb= 0.010 × △゜+ 4.3   (1)

で表され,図中に点線で示した.一方,図2cを見れば観測できないイベントの上限のmbははっきり△と共に大きくなっている.この上限は,△30~100゜の範囲で

     mb= 0.009 × △゜+ 5.1   (2)

と表すことができ,図中に直線で示している.従ってこの関係を満たすmb以上のイベントは,すべてWWSS SPで観測できると予想される.ただ,ネバダ実験場のものだけは,この関係から予想されるmbより0.5~0.8程度小さくても観測されている.この原因についてはあとで検討する.

 次に松代で観測された振幅とPDEによるmbの関係について調べてみる.図3に,mb(PDE)(以下単にmbと略す)と松代のWWSS SPだけによるmb(MAT)の差が震央距離によりどう変化するかを調べた.タテ軸はmb(MAT)-mb(以下dmbと略す)である.この図からは,△80゜付近を除きmb(MAT)が約0.5程度mbに比べ小さいと見られるが,震央距離による系統的な偏りはないと見て良さそうである.

 では震央距離毎に分けて,もう少し詳しく調べてみる.図4,5,6は,mbとmb(MAT),dmbとmb(MAT),dmbと松代での最大振幅の周期との関係をそれぞれ示した.a,b,cは震央距離の違い(40~50゜,50~60゜,75~80゜)によっている.これからはイベントの数の分布から,この3つの範囲の△のものだけを取り出して調べる.図4から,松代だけで決めたmbはPDEのmbとの間には△40~50゜はやや良くないが,一般に良い直線関係があることがわかる.しかし,図5を見れば震央距離40~50゜で平均-0.59,50~60゜で平均-0.43,75~80゜で平均-0.15のシフトが見られる.これは松代だけでmbを決める場合,Q(△)を震央距離で補正する必要があることを意味し,自然地震に関する山岸・涌井(1977)の結果とは一致しない.図6のdmbと松代での最大振幅の周期との関係では,bとcの△50~60゜,75~80゜の範囲では系統的な変化は見られない.しかし,cの△が40~50゜では周期が長くなると共に松代で決めるmb(MAT)が小さくなる傾向が見られる.これは,山岸・他(1973)の同様の調査ではネバダ,ソ連の核実験共にこれとは逆の傾向があると結論されており,今回の結果と一致しない.  図7,8は,PP,PcP相が観測されたイベントを△により示した.図から,PP相では△が少し離れたイベントの方が,PcP相の場合は△が近いイベントの方が,観測され易いことがわかる.しかし,どちらもP相の出現率よりきわめて悪く,両図からPP相の場合,mbが6程度より大きいイベントでないと観測されていないし,PcP相でもmbが5.5程度以上でないと検出は難しい.

4. 議 論

 図2の説明の際,ネバダ実験場のイベントが,△の遠いわりに松代でよく観測されていることを指摘したが,この原因を考えてみる.

 まず,イベント自体の波動の性質(爆破のエネルギーに対し,波動エネルギーが効率よく出されるとか,周波数特性が他のイベントと異なる)によることが考えられるが,今,各イベントの大きさを評価しているのは,世界中の短周期地震計データに基づいたmbの値である.従って世界データから平均化されたmbを使う限り,余りイベント自体の特性が松代にだけ影響するとは考えにくいことである.従ってイベント自体の特性ではないと考えて良さそうである.

 一方,図5で見たようにネバダ実験場のイベントはmb(MAT)が他の△のものに比べ0.28~0.44大きい.このことは,弾性波がネバダ実験場から松代まで伝わる経路での減衰が,他の△のものより小さいために大きな振幅で観測されることを意味する.ただ,mbとmb(MAT)の比較から考えて,逆にネバダ実験場以外の地域からの波の減衰が大きいと結論されることになる.これは山岸・涌井(1977)の自然地震に対する調査の結論とは一致しないが,今回の調査した△の部分のみに注目してみれば彼らの図2からも同じ傾向が読み取れる.

 また,さきに述べたように山岸・他(1973)が周期とdmbが直線的(周期が長くなるとdmbが大きくなる)関係があると結論しているが,今回の調査では,△50~60゜,75~80゜ではそのような関係は見られず,△40~50゜では逆に周期が長くなるとdmbが小さくなる傾向が見られることを指摘した.今回の調査は山岸らがデータとして用いたイベントの大部分を含んでいるが,振幅の読み取りに山岸らはP波初動から10秒以内の最大振幅を採用しており,今回の5秒以内とは若干の違いがある.また,山岸らの結論した図から,ソ連,米国のイベント群を別々に見た場合,彼らの結論した関係は余りはっきりしなくなる.さらに,扱ったイベントの数も今回の調査では△40~50゜,50~60゜,75~80゜でそれぞれ137,37,141で総数315ケと山岸らの総数77ケに対し格段に増えており信頼性も向上していると考えられる.従って,今回の調査結果を正しいと考える.

 次に,松代自身の観測条件による可能性も検討してみる.松代における観測条件は,季節的,時間的にかなり変化していることが知られている(檜皮,1988,森田,1988).図9に各イベントが松代で観測された時間を月毎に分けて合計し,△毎にイベント数(下図)と観測率(上図,観測されたイベント数/全イベント数の百分率)を示した.松代では冬期に日本海の波浪に起因すると思われる脈動が大きくなるが,図9から見る限り,この影響は余り受けていないようである.

 図10に各イベントが松代で観測された時間を一日の24時間に分けて,△毎にイベント数(下図)と観測率(上図,百分率)を示した.この図から,ネバダ実験場の核実験は,ほとんど夜間に行われていることが分かる.これは現地と松代との時差の関係からであるが,△40~50゜の場合を見ると昼間(10~18時)の平均観測率が75%であるのに対し,イベント数は少ないが夜間(19~04時)の観測率は100%である.この傾向は△50~60゜のものについても見られる.これから,核実験のような短周期に卓越する震動をとらえる場合,観測点近傍の人間活動に起因する人工的振動ノイズが,観測をさまたげていると結論して良さそうである.従って,ネバダ実験場のイベントがmbの小さなものもよく捕らえていたのは,その地震波の松代への伝ぱん経路の減衰が他の地域のものに比べ小さいことと,松代での到着時刻が夜間であったため,ノイズの小さな時間帯で良好に波形が記録されたことによると結論される.このことは,世界中の観測点で検知力を問題にする場合,観測点によっては松代と同じように時間帯によって観測能力が変化する所もあると考えられるので,注意する必要がある.

5. まとめ

 1968年から1984年までの地下核実験を使って,短周期世界標準地震計による松代での観測能力を調べた.結果は観測できないイベントの大きさの上限と,観測可能なイベントの大きさの下限をそれぞれ式(1),(2)で得た.また,松代のデータだけで決めたmbはPDEのmbと良い直線関係があるが,Δ40~50゜,50~60゜では平均それぞれ-0.59,-0.43のシフトが見られる.これはネバダ実験場からの伝ぱん経路に比べ,セミパラチンスク,ノバヤゼムリヤからの経路では減衰が大きいことを示している.さらに,ネバダ実験場のイベントが特に小さいイベントまで観測可能な理由はこの減衰が小さいという効果だけでなく,爆破がすべて松代の地方時間で夜間に行われるため,良好な観測環境下にあることも原因であることが判明した.

 最後に,各イベント波形の読み取りを速やかにするため,着震時の近似計算を行ってから波形の読み取りを行ったが,この走時の近似計算には,牧正氏の開発したプログラムを使わせていただいた.ここに感謝いたします.

参考文献

檜皮久義,1988,地震観測所のノイズレベルと地震観測環境,気象庁地震観測所技術報告,9,(印刷中).

柿下毅,1986,群列地震観測システムについて(Ⅴ)-松代のアレーによる遠地地震のマグニチュードの決定について-,気象庁地震観測所技術報告,7,46-51 .

森田裕一,1988,松代群列地震観測システムにおける地動ノイズとその影響評価,気象庁地震観測所技術報告,9,(印刷中).

日本気象協会,1986,地震波形データの国際交換及び処理に関する調査報告書,223PP.

日本気象協会,1987,地震波形データの国際交換及び処理に関する調査報告書,80PP.

長田芳一・石川有三・流精樹,1988,地震観測所の地震観測の履歴、気象庁地震観測所技術報告,9,(印刷中).

関 彰・涌井仙一郎・北村良江,1980,松代における地下核実験の記録,気象庁地震観測所技術報告,1,22-30 .

山岸登・斉藤進・末広重二,1972,松代地震観測所のDetection Capabilityについて,気象研究所研究報告,23,197-213.

山岸登・涌井仙一郎,1977,松代の一点観測から比較的遠い地震の実体波マグニチュードを推定する方法,験震時報,41,49-55.

山岸要吉・泉末雄・山本雅博,1973,松代地震観測所で観測し地下核爆発と自然地震の地震波動について -(1)おもにW.W.S.S.を用いた場合-,験震時報,38,37-46.

涌井仙一郎・柿下毅,1986,松代群列地震観測システムによる地下核実験の記録,気象庁地震観測所技術報告,7,34-41.

Figure Captions

Fig. 1 Geographical locations of explosions with magnitude mb ≧ 4.0 in PDE catalogue from 1968 through 1984. The radius of the circle correspond to mb value. A, B, C, D, E, and F show the underground nuclear test site of Novaya Zemlya, Semipalatinsk, Lop Nor, Amchitka, Mururoa and Nevada, respectively.

Fig. 2 Relation between mb of explosions and the epicentral distance (degree) of the explosions. Open circles show the events which were recorded at MAT and crosses show the events which were not recorded.

Fig. 3 Relation between dmb(= mb(MAT) - mb(dmb))and the epicentral distance.

Fig. 4 Relation between mb and mb(MAT). a, b, c show the case of 40~50゜(epicentral distance), 50~60゜, and 75~80゜, respectively.

Fig. 5 Relation between dmb and mb(MAT). a, b, c are identical with the symbols in the fig. 4.

Fig. 6 Relation between dmb and maximum amplitude at MAT. a, b, c are identical with the symbols in the fig. 4.

Fig. 7 Relation between mb and the epicentral distance of the events of which PP phase are recorded at MAT.

Fig. 8 Relation between mb and the epicentral distance of the events of which PcP phase are recorded at MAT.

Fig. 9 Monthly frequency changes of explosions of Δ40~50゜, 50~60゜ and 75~80゜ are shown by open bars in the lower part of each figures. Observation rate of the MAT to all explosions are shown by shaded bars in the upper part of each figures.

Fig.10 Hourly frequency changes of explosions of Δ40~50゜, 50~60゜ and 75~80゜ are shown by open bars in the lower part of each figures. Observation rate of the MAT to all explosions are shown by shaded bars in the upper part of each figures.

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