気象庁精密地震観測室技術報告 第26号 1~16頁 平成21年3月
ボアホール地震計の設置について
露木 貴裕・本間 直樹・松島 功・小山 卓三
A Report on the Installation of the Borehole-type Seismometer at Matsushiro Seismological Observatory
Takahiro TSUYUKI, Naoki HONMA, Isao MATSUSHIMA, and Takumi KOYAMA
1.はじめに
精密地震観測室では,微弱な震動に対する検知能力の向上をはかるため,群列地震観測装置の機能強化[精密地震観測室(2008),岡本・他(2008)]を図ると共に,精密地震観測室大坑道前に地下約700mの地震観測井を掘削し,ボアホールタイプの地震計を設置して,群列地震観測システムへのデータ伝送を2008年3月から開始した.
本報告では,新たに設置したボアホールタイプの地震計データを,群列地震観測装置等で活用を図っていく上での一助とするために,地震計設置工事の概要,設置機器の概要,特に地震計センサー(Guralp Systems社製CMG-3T/5TB)ならびにデジタイザー(同社製DM24mk3)の特性について報告する.
2.設置環境
地震計は,地表付近での人工的なノイズを低減するために,地下深部1000m級の観測井に設置することとし,用地の選定を行った.1000m級の観測井を掘削する場合,一般に高さ25mほどのボーリング櫓を設置することが必要であり,試錘機やボーリングポンプ等の設置を含め,最低でも20m四方の土地が必要である.また,掘削の際に必要とする水を確保することが容易であることや大型車が出入りできること,観測のための小屋や,観測に必要な電力・通信線を確保できることなどを考慮する必要がある.松代付近は山間部に位置するため,これらの条件にあてはまる場所は非常に限られており,借地条件等を考慮して,最終的に精密地震観測室の大坑道前に観測井を掘削し,大坑道内に新しく部屋(これを中継室と呼ぶ)を作って,ここに観測機器を設置することとした.この観測井を大坑道内の地震計室(MAT)とは区別して,松代B(MATB,BはBoreholeを表す)と呼ぶこととする.MATBの位置を図1に,その座標(世界測地系)を表1に示す.また,図2には,中継室と観測井の位置関係を示すとともに,中継室までのケーブルの敷設ルート,新たに設置した埋込アースの位置を合わせて示す.
3.観測井
1)概略
観測井の概略を図3に示す.観測井の深度は702.5mであり,その孔壁はケーシングパイプにより保護されている.掘削の段階に応じて直径の異なる4段のケーシングパイプ(SGP管およびSTPG管)が挿入されており,一番内側の5”STPG管の外径は139.8mm,内径は126.6mmである.ケーシングパイプ相互及び孔壁との隙間にはセメントが充填されており,周辺地下水の流入を防いでいる.
地震計の設置を目的とする観測井では,水平レベルの制御のために,孔芯傾斜角度は鉛直方向から一定の範囲内である必要がある[Holcomb(2002)など].CMG-3T/5TB地震計では3°以内を仕様条件としている.松代観測井の場合,ケーシングパイプ挿入前の測定では,孔芯傾斜角度は2°38’であった.
2)観測井の温度分布
図4に温度検層によって得られた観測井の温度分布を示す.観測井全体の温度勾配は約0.02℃/mと非常に小さく,観測井底部の温度は31.3℃であった.観測井内部に設置する機器には電子部品が使用されているので,設置場所の温度は一定の範囲内(CMG-3T/5TBでは,-10~+65℃を動作可能温度としている)であることが必要であるが,松代観測井はこの条件を十分に満たしている.
3)観測井近傍の地質と弾性波速度
ボーリングの際に10mごとに採取したカッティングス,最深部20m区間で採取したボーリングコアの観察結果等から推定される観測井近傍の地質構造を図4に示す.観測井近傍の堆積層は地表数m程度とごく薄く,それ以深は中新世の地層(別所層・内村層)と推定される.その大部分にヒン岩が貫入し,互層となっている.数カ所風化の進んだ割れ目帯が見られたが,全体の岩質は非常に堅硬である.地震計を設置した付近の岩石は,熱変成を受けた頁岩・砂岩ホルンフェルスと推定される[住鉱コンサルタント(2008)].地下685m付近で採取したコアの岩石試験結果を表2に示す.岩質は硬岩~超硬岩に相当する.
図4には,低周波ダイポールソニック検層(Low Frequency Dipole Sonic Logging)[例えば,Mueller(1996)など]によって得られた,P波およびS波の速度構造も合わせて示している.松代観測井の弾性波速度は,岩質やその状態を反映して概ね6層に区分されるが[物理計測(2008)],全体としては硬質な岩盤を反映して,表層の速度としては早い数値を示している.P波速度については,約4.2km/s~5.5km/s,S波速度については,約2.1km/s~3.3km/sという結果が得られた.表2に示す通り,地下685m付近のコアの音波試験によるP波速度は5~6km/s,S波速度は3~3.5km/sである.これらの数値は,人工爆破のデータから,ASANO et al.(1969)・地質調査所(1969)等によって得られた松代付近のP波速度構造と調和的である.
4.地震計の設置
地震計は,採取されたボーリングコアに見られる亀裂が最も少ない,地下680m付近(観測井の最深部ではない)に設置した.地震計は,センサーと地盤の動きのカップリングがとれるように,ケーシング内にしっかりと固定しなくてはならない.従来の埋設型地震計の多くは,観測井底部にモルタルにより固着されている.今回の地震計設置においては,これとは異なり,ホールロックメカニズムと呼ばれるGuralp Systems社製のボアホールタイプの地震計に共通する設置方法を用いた.群列地震観測システムと一部の観測施設を共有するPS22システム[小久保・他(2005)]に使用されている地震計CMG-3Vも同様の設置方法をとっている.これは,地震計からJawと呼ばれる1本の腕をクランプモーターによって伸ばして,そのトルクによって孔壁(ケーシングパイプ)に圧着させる方式である.センサー筺体は,Jawのほかに,筺体に取り付けられた2本のskidとよばれる支持具によって,3点でケーシングに固定されており,センサー筐体と観測井の軸が平行になるように設置されている.ホールロックの制御は,地上から行える仕組みとなっており,障害時にはセンサーを観測井から切り離し,引き揚げ及び再設置が可能な構造となっている.
前述したように(図4),観測井内の温度勾配は非常に小さく,地震計センサーの設置深度付近において,自然状態での温度はほぼ一定(約31℃)であるものと考えられる.一方,地下に設置されているデジタイザー内部には,環境モニター用のための温度計が設置されているが,この温度計(±0.33℃の精度を持ち,±0.5℃の範囲で直線性がある)の出力は,約42℃を示している.このことから,地下に設置する機器の発熱が熱源となって,センサー近傍での温度擾乱をもたらしている可能性がある.この場合,観測井内部は水で満たされているので,水の対流の影響が,特に水平動成分の長周期側でノイズとしてあらわれることが懸念される.このための対策として観測井のセンサー近傍を砂で覆うことが有効であるとされている[Holcomb(2002)]が,今回の埋設ではそのような対策はとらなかった.その代わりに,センサー全体に人工樹脂(ネオプレーン)を巻いて熱伝導度を下げ,温度の擾乱が小さくなるようにした.現時点では,その効果についての十分な検証を行っておらず,今後の課題である.
5.観測装置の概要
観測装置の概要を図5に示す.観測井内には,地震計センサー(CMG-3T/5TB)とそのアナログ信号をデジタル化するデジタイザー(CMG-DM24mk3)を合わせて設置している.デジタイザーの筐体は,センサーの筐体とは別個になっており,Strain rerief メカニズムと呼ばれる仕組みによって,センサーとデジタイザーとの間の相対的な運動の絶縁を図っている.地下でデジタイズされたデータは,光ケーブルによるシリアル通信によって地上装置へ伝送されて,伝送装置(CMG-DCM)から群列地震観測データ受信装置へ転送される.A/D変換の時刻精度を保持するためのGPS信号のアンテナおよびレシーバーも合わせて設置している(図2).
観測装置の電源は,中継室に設置された無停電電源装置(UPS)から供給されている.UPSの前段には耐雷トランスを入れて雷サージ等からの保護を図っている.なお,UPSに供給される電力は商用電源であって,精密地震観測室内の発々系統には接続されていない.全ての機器のFGは,大坑道前に新たに設置した埋込アース(図2)に接続されている.このアースは,長さ1500mmの接地棒を1m間隔で10本連結したもので,地中約2mの深さに埋設されており,土壌には接地抵抗低減剤(ケミアース)を混入している.接地抵抗は約10Ωである.
1)地震計センサー
地震計センサーCMG-3T/5TBは,速度型広帯域地震計(CMG-3T)と強震計(CMG-5T)を一体化したボアホールタイプの地震計である.これにより,微弱な震動から観測井近傍で発生する大きな揺れ(これは主に松代地震を想定している)まで幅広いダイナミックレンジで観測を行うことができる.地震計のセンサーは,SUS316製の耐圧・耐水筐体に収められている.地震計の感度・特性等の詳細は6項に示す.
2)デジタイザー
デジタイザー部CMG-DM24mk3は,地震計センサーからのアナログ差動平衡出力±10Vを24bitでデジタルデータに変換している.デジタイザーは,前述したように地下に設置されている.地下でA/D変換を行うことにより,地上へはデジタルデータを伝送することになるので,アナログ形式でのデータ伝送に比べ,伝送ノイズの低減が期待できる.デジタイザーのA/D変換機能については7項に詳細を示す.
デジタイザーは,A/D変換の機能に加えて,地上装置と地震計センサーとの通信インターフェースの機能もあわせもっている.センサーのロックやアンロック,マスポジションの調整といった制御は,デジタイザーを経由して行われる.このような制御機能はFORTH言語によって実装されており,デジタイザー自身の制御も行うことができる.
3)ケーブル
地下デジタイザーと地上機器を接続するケーブルは,光ケーブルと電力線(銅線)が一体となったものである.光ケーブルは4芯あり,このうちの2芯(1ペア)をデータの送受信に用いている.残りの2芯は予備用に確保されているが,装置全体を引き揚げずに切り替えを行えるような仕組みはない.光ケーブルはケーブル全体の中央部に配置されており,アーマーにより強度を保護している.ケーブルの外周側には,地下機器へ電力を供給するための8芯の銅線が配置されており,ケーブル全体はポリウレタンによって覆われている.ケーブルの荷重は390kg/kmであり,最大600Nまでの荷重に耐えられるようになっていて,設置の際の自重や引っ張りの張力からケーブル内部を保護している.
4)インターフェース装置
センサーケーブルは,端子箱を経由して,Surface Interface Unitと呼ばれるボックスに接続される.この機器は地下機器との接続インターフェースになっている.シリアル通信において光ケーブルとRS232Cケーブルの変換を行っているほか,地下のデジタイザーやセンサーへの電源供給やデジタイザーへのGPS信号の送出もこのインターフェース経由で行われる.また,前述したホールロックの制御をおこなうための装置(Hole Lock Contorol Unit)もSurface Interface Unitへ接続する.
5)伝送装置
地下でデジタル化されたデータは光ケーブルによりシリアル伝送され,Surface Interface Unitを経由して,地上伝送装置であるCMG-DCMへと入力する.CMG-DCMはARMプロセッサで動作するLinux OS上に構築されており,シリアルポート・イーサネットポートならびにUSBのポートを持ち,デジタイザーあるいは他のCMG-DCMからの入力を適宜フォーマット変換して,シリアル通信あるいはネットワーク経由で伝送する機能を有している.USBポートには40GBのハードディスクを接続しており,CMG-DCM本体に地震波データを保存しておくことが可能である.CMG-DCMに入力するデータのフォーマットは,Guralp Systems社独自のGCFフォーマットである.(フォーマットの詳細については,同社のホームページhttp://www.guralp.com等を参照のこと).今回設置したCMG-DCMには,このGCFフォーマットを,日本国内で広く普及しているWINフォーマット[卜部(1994)]へ変換する機能を持たせている.これにより,特別な変換装置を介さず,直接群列地震データ受信装置へデータを伝送することが可能となっている.
6.地震計の特性
1)CMG-3T
CMG-3Tは,フィードバック型の広帯域速度型地震計であり,固有周期360秒,減衰定数0.707相当の特性を有する.その周波数応答は図6に示すとおりで,50Hz~360sまで地動速度に平坦な特性を有する.この特性はSTS1地震計とほぼ同等である.地震計の感度については,表3に示す.同表には地震計センサーシステムの伝達関数の極および零点の情報も合わせて示している.
2)CMG-5T
CMG-5Tは強震計センサーであり,DC~100Hzの範囲で地動加速度に平坦な特性を持つ.測定可能な加速度の上限は±4Gである.図6に周波数応答曲線を,表3に感度等の諸元を示す.
3)設置方位
地下のボアホール内部に設置される地震計の水平方向成分は必ずしも真のNS方位またはEW方位とは一致しない.このため地下センサーと同一の特性を有するCMG-3T地震計を地上に設置し,この地震計の波形データをリファレンスとして,両者の相関をとって,地下センサーの方位を少しずつずらしていったときに,最も相関が高くなる方位を設置方位とした.ソフトウエアScream! では,ここに述べたような方位決定を行える機能を有している[Guralp Systems(2007)].
なお,デジタイザーCMG-DM24mk3では設置方位をパラメータとして与えると,水平成分について自動的に方位の補正を行ったデータを出力することができるようになっている.したがって,群列地震観測装置で収録されるデータは,水平方向成分の方位が補正済みであると考えてよい.ただし,設定方位については,STS1地震計との比較を行う等の再検証が今後必要である.
7.デジタイザーのA/D変換について
デジタイザーDM24mk3は,地震計センサーからのアナログ信号を512kHzでビット化し,Crystal CS5376を用いたフィルター処理により,最終的に2000Hzのデジタル信号として出力する.この信号はDSP(Digital Signal Processor)に渡され,DSP内ではさらに6段階のdecimation処理が行われる.この過程ではサンプリング周波数を1/2・1/4・1/5に落とす処理が可能であり,ユーザはこれを任意に組み合わせて1~1000Hzの範囲で,4段階の異なるサンプリングレートでの出力を同時に行うことができるようになっている[Guralp Systems(2006)].このようにオーバーサンプリングとdecimationフィルターを組み合わせることにより,量子化ノイズを減少させ,最終出力サンプリング周波数において,分解能の高いデータを得ることが可能となる[Oppenheim and Schafer(1999)].A/D変換の有効ビット数は24bitのうちの22.5bit程度である.
decimation処理の際に用いるアンチエイリアシングフィルターは,線形位相のFIRフィルターである.アンチエイリアシングフィルターの遮断周波数に近い波がP波に含まれている場合には,Gibbs現象を引き起こし,この線形位相フィルターの対称性(非因果性)から,本来のP波の立ち上がりの前に位相が現れることがある[Scherbaum(2001)など].図7に示すのは,松代地震を500Hzおよび100Hzで記録した波形の例であるが,100Hzまでdecimateした波形ではP波に先行する相(precursor phase)が見えている.このままではP波の立ち上がりを検出することは困難であるので,Guralp Systems社がWeb上で公開しているFIRアンチエイリアシングフィルターの係数等の設計情報[Guralp Systems(2008)]をもとに,先行フェーズを除去するためのフィルターを試作した.
このためには,振幅特性は変えずに,非因果的な(acausal)フィルターを,因果的(causal)なフィルター(最小位相:minimum phase)で置き換えてしまえばよい.このための方法として伝達関数の零点の再配置法があり,フィルターの係数が100個程度のものであれば,十分な結果が得られる[Scherbaum(2001)].ところが,DM24mk3で用いられているFIRフィルターの係数は500個程度のものである.そこでここではcepstrumとヒルベルト変換を使った方法により最小位相フィルターを設計することとした.
以下では,この方法の元となる理論をOppenheim and Schafer(1999)に基づいて概観する.一般に信号x[n] は
x[n]=xe[n]+xo[n] (1)
と表すことができる.ここで
xe[n]=(x[n]+x[-n])/2 (2)
xo[n]=(x[n]-x[-n])/2 (3)
である.いま,x[n] が因果的な信号である(n<0でx[n]=0)とすれば,ステップ関数u[n] とδ関数δ[n] を用いて,
x[n]=2xe[n]u[n]-xe[0]σ[n] (4)
x[n]=2xo[n]u[n]+x[0]σn (5)
と書くことができる.さらにx[n] が安定(stable)であれば,フーリエ変換X(e^jw)が存在し.
X(e^jw)=XR(e^jw)+jXI(e^jw) (6)
である.ただし,XRはXの実数部,XIはXの虚数部とする.x[n] が実数列であれば,XRはxe[n] のフーリエ変換となる.したがって,安定で因果的な実数列のフーリエ変換XRが与えられると,逆フーリエ変換によりxe[n]を求めて,(4)式によりx[n] を復元することができ,XIもXRで表すことができる.
(4)式のフーリエ変換を考えると,
X(e^jw)=1/π∫[-π,π]XR(e^jθ)U(e^j(ω-θ))dθ-x[0] (7)
となる.U(e^jw) はステップ関数のフーリエ変換であり,(7)式は
X(e^jw)=XR(e^jw)+jXI(e^jw)
=XR(e^jw)+1/(2π)∫[-π,π]XR(e^jθ)dθ-j/(2π)∫[-π,π]XR(e^jθ)cot((ω-θ)/2)dθ (8)
と書くことができる.したがって
XI(e^jw)=-1/(2π)∫[-π,π]XR(e^jθ)cot((ω-θ)/2)dθ (9)
となる.これを離散ヒルベルト変換式といい,安定で因果的な実数列のフーリエ変換の,実数部と虚数部を結びつける関係式である.
次に,フーリエ変換すると,x[n] のフーリエ変換X(e^jw) の対数log[X(e^jw)] となるようなx~[n] を考える.すなわち,
x[n]←F→X(e^jw)=|X(e^jw)|e^(jarg[X(e^jw)])
x~[n]←F→X~(e^jw)
ここで
X~(e^jw)=log[X(e^jw)]=log|X(e^jw)|+jarg[X(e^jw)] (10)
このx~[n] を複素cepstrumという.
複素cepstrum x~[n] が因果的であることと,x[n] が最小位相であることは等価である.このとき, x~[n] が因果的であることから, X~(e^jw) の実数部と虚数部は(9)式のヒルベルト変換により結びつけられる.(10)式から X~(e^jw) の実数部はx[n] の振幅特性に,虚数部は位相特性に対応しているので, x~[n]が因果的ならば,x[n] の振幅特性が与えられている場合には,その位相特性はヒルベルト変換により一意に定まることになる.逆に言えば,そのように定められたx[n] は最小位相特性を持つ.
以上のことを利用し,DM24mk3のdecimation処理で使用されているFIRアンチエイリアシングフィルターを最小位相フィルターに再構成するためのmatlabプログラムを木下(2004)・Smith(2008)などを参照して作成した.図8にはこのフィルターの特性と零点の位置を示す.また,図7で示した松代地震の波形にこのフィルターを適用した例を図9に示す.
8.解析事例
得られた地震計波形をもとに行った解析の一例を示す.
1)ノイズレベル
定常状態でのノイズレベルを確認するために,CMG-3Tの波形についてパワースペクトル密度を計算し,USGSのノイズレベルモデルNLNM[Peterson(1993)]と比較した結果を図10に示す.短周期帯のノイズレベルは-180dB以下であり,良好な結果が得られている.一方,10秒以上の長周期では,特に水平成分についてノイズレベルがやや大きくなっている.この帯域でのノイズ源としては局所的な気圧傾度の変動による可能性が指摘されている[Sorrells(1971a,b)].しかし,松代観測井のCMG-3Tの場合,前述したセンサー近傍での水の対流による影響やStrain reliefメカニズム機構によるデジタイザー・センサー間の運動の絶縁が完全ではない可能性もあり,今後調査が必要である.
2)遠地地震
遠地地震の記録例として,2008/4/9 21:46分頃(日本時刻)に発生したバヌアツでの地震(M:7.3)によるCMG-3Tの上下動成分の速度波形を図11に示す.IRISシステムによる,松代(MAJO)のSTS1(BHZ)の波形も合わせて示す.BHZに合わせて,CMG-3Tの記録は100Hzから20Hzへリサンプリングしている.図12には,図11の波形のスペクトルをとったものを示す.両者の比較からCMG-3Tの記録はおおむね適当なものであると判断することができる.
柏原他(2001)は,大坑道内に設置されている動コイル型地震計(AM),STS1地震計,STS2地震計と気象研究所が試験的に大坑道に設置したCMG-3T地震計,そして東京大学海洋研究所との共同研究による超伝導重力計について,地震記録のスペクトル比を求め,各地震計の感度の相違について議論している.今回設置したCMG-3Tについても,今後記象を積み重ねた段階で,このような量的な比較が必要である.
9.まとめ
精密地震観測室で行ったボアホール地震計の整備について,整備の概要と設置機器の概要を報告した.
地震計が設置されている観測井近傍の地質は,極めて堅硬である.地震計設置深度付近の岩石は,熱変成を受けた頁岩または砂岩ホルンフェルスと推測される.弾性波速度は,堅硬な岩質を反映して表層付近の速度としては速く,低周波ダイポールソニック検層では,P波速度について,約4.2km/s~5.5km/s,S波速度について,約2.1km/s~3.3km/sという結果が得られた.
設置した地震計はGuralp Systems社製のCMG-3T/5TBである.CMG-3Tは50Hz~360sの帯域で地動速度に対し平坦な特性を持つ地震計であり,その特性から広帯域での記録が得られることが期待される.この地震計とDC帯域まで地動加速度に平坦な特性を持つ強震計CMG-5Tを合わせて設置することにより広ダイナミックレンジでの観測を行うことが可能となっている.松代観測井に設置したCMG-3T地震計の,短周期帯でのノイズレベルは-180dB以下である.一方,10秒以上の長周期帯での,特に水平成分のノイズレベルはやや大きい.この原因の調査は今後の課題である.
デジタイザーCMG-DM24mk3は,地震計データを24ビットでAD変換する.オーバーサンプリングとdecimation処理を組み合わせることにより,量子化ノイズの少ないデータを得ることが可能となっている.一方,decimation処理に使われるアンチエイリアシングフィルターの特性から,松代地震のように,P波付近に,高周波の波が含まれる場合,precursor phaseが現れる可能性がある.本報告では,元の線形位相フィルターと同じ振幅特性を持つ最小位相フィルターを,cepstrumとヒルベルト変換により求め,このphaseを除去する方法を示した.
今後のデータの蓄積を待って,より詳細な地震計の特性を明らかにしていきたい.
謝辞
地震計設置工事に際しては,精密地震観測室近隣住民の方々にはご協力頂きました.住鉱コンサルタント株式会社をはじめとする工事関係の方々にはお世話になりました.地震計設置のための仕様の検討や実際の工事にあたっては,気象庁職員の関係各位には協力頂きました.ここに記して感謝いたします.
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