気象庁精密地震観測室技術報告 第20号 17~22頁 平成15年3月
LISSデータの利用と震源計算
古舘 友通
Utilization of LISS Data and Epicenter Determination
Tomomichi FURUDATE
1.はじめに
気象庁では北西太平洋津波情報センター機能の構築を目指しており,それに向けて精密地震観測室では震源精度向上の調査研究が行われている.その一環としてLISS(Live Internet Seismic Server)データを用いて震源決定を行うシステムを開発してきた[古舘(2001)].昨年度は,データの取得と表示のためのシステムを開発したが,今年度はさらに会話処理,震源計算のプログラムを開発した.本報文では開発したプログラムと震源精度の検証について報告する.
2.LISSシステムとデータ取得
LISSはアメリカ地質調査所(USGS)が運営しており,インターネット経由で全世界の地震波形データをリアルタイムで取得できるという特徴がある.地震観測点は52(中国の観測点のデータは遅延時間が1時間以上あるため除く).観測点の配置をFig.2に示す.データフォーマットはIRISで制定され,世界的に使われているSEEDで,遅延時間は20Hzデータで30秒程度である.
LISSデータの流れは,Fig.1のようになっている.図では,松代のデータがどのようにしてユーザまで伝送されるかを示している.地震波形データはインターネットに接続した観測点からリアルタイムにUSGSに集められる.USGSには観測点ごとにサーバがあり,ユーザは,観測点に対応したサーバにアクセスしてデータを受信する.サーバのアドレスは松代(MAJO)の場合はmajo.iu.liss.orgである.
LISSデータはインターネット経由で取得するので,安定してデータが取得できるわけではない.そのため,どの程度地震データが取得できるか調査した.2002年11月から2003年1月までの3ヵ月間のマグニチュード6以上の28の地震について,各観測点の地震波形データが何回利用できたか調査し,その割合を観測点の取得率とした.一つの地震について利用できた観測点の数は平均で38であった.北太平洋周辺の観測点についての取得率をTable.1に示す.
松代(MAJO)のように100%の観測点もあれば,韓国(INCN)のように60%程度の観測点もあり,かなり差があるのが分かる.
3.LISSデータ利用システムの構築
現在,精密地震観測室では,LISSデータの利用のためにパソコン2台でシステムを構築している.それぞれ,データのダウンロードと保存,会話処理と震源計算を行っている.
作成したプログラムは以下のとおりである.
・LISSデータのダウンロード
ダウンロードしたデータはメモリ上の波形バッファに一時的に保存される.クライアントプログラム(リアルタイム表示,ファイル保存,会話処理など)からリクエストがあったときは,波形バッファのデータを送信する機能がある.
・リアルタイム表示
LISSデータをリアルタイム表示する.表示期間,表示更新間隔は変更可能であるが,通常は表示期間を20分,更新間隔を10秒に設定している.
・ファイル保存
LISSデータをファイルに定期的に保存する.
・会話処理
LISSデータの表示,検測,震源計算の機能がある.
次に会話処理プログラムの機能の例を示す.Fig.3は,観測点ごとの地震波形を震央距離順にソートして表示している.このようにすると違う地震の波形が混在していても分別しやすくなる.Fig.4は,P相が並ぶように時間をずらして表示している.さらに,振幅はノイズレベルによって正規化されているので振幅が大きくてもP相が検測しやすくなっている.Fig.5は,地震波形に理論走時を重ねて表示している.地震は2002年11月17日のオホーツク海付近で起きたもので,Mw7.3,深さ459km(USGSによる)であった.この例ではpP,sP相の理論走時を表示しているがこのようにすれば,P相以外の検測も容易になる.
4.グリッドサーチ法による震源計算
新たにグリッドサーチ法による震源計算プログラムを開発した.また,比較のためにノルウェーのNORSARで開発された震源計算プログラムHYPOSATも会話処理で使用できるようにしている.
グリッドサーチ法とは,グリッド状に分布した変数の集合から最適な値を撰択する方法である.震源計算への応用例は[Dreger,etal.(1998),Anthony Lomax and Jean Virieux(2000)]がある.特徴としては,アルゴリズムがシンプルであり,そのため,プログラムが単純でバグが出にくいこと,走時構造の線形化を必要としないことなどがある.しかし,グリッド上の多数の仮想震源について計算を行うため,精密な震源計算を行おうとすれば計算量が膨大なものになり,高速な計算機が必要となる.作成したプログラムは,段階的にグリッド間隔を小さくするとともにサーチ範囲を狭くすることにより,計算量を減らした.その結果,パソコンにおいても実用的に使えるようになった.計算時間は検測値の数に比例するが,CPUがPentium4(2.8GHz)の場合,検測値が30個のときは9秒,深さを固定して計算したときは3秒である.
以下に計算方法を示す.
・計算に用いる仮想震源は,緯度,経度,深さ,震源時(O.T)による4次元のグリッド上に配置する.
・最初の計算において仮想震源の範囲は以下のようにする.緯度,経度については全地球上,震源の深さは,30kmに固定する.O.Tについては検測値から以下のように求める.第一相の走時は21分以下で,かつO.Tは検測値より早いので,O.Tの範囲は最も遅い検測値より21分前から最も早い検測値とする.
・グリッド上の仮想震源についてすべての検測値について走時残差(理論走時と検測値の差)を計算し,その平方和が最小の震源を選択する.
・次に,グリッド間隔を小さくして,撰択された震源の周囲をサーチ範囲として走時残差の平方和が最小の震源を撰択する.グリッド間隔を小さくする比率とサーチ範囲の設定は計算精度と計算時間に関連するため,いくつかテストした.その結果,グリッド間隔を小さくする比率は0.7でサーチ範囲は,震源を中心としてグリッド間隔の8倍とした.以上のことを18回繰り返して最終的な震源を求める.
・グリッド間隔の初期値と最終値を,Table.2に示す.
グリッドサーチ法における仮想震源の分布を以下に示す.全球ではFig.6,範囲を狭めたときの例がFig.7である.どちらもグリッド間隔は5度の場合である.
Fig.8にグリッドサーチ法で計算が進むにつれて震源が収束していく様子を示す. 地震は2002年11月3日の宮城県沖で起きたものである.
計算に使用した観測点は28点で, その配置をFig.9に示す.
縦軸には各段階で撰択された震源と気象庁震源の水平位置の差(km)を示す.水平位置の差は最終的には28kmになった.
5. 震源精度の検証
2002年11月から2003年1月までの3ヵ月間のマグニチュード6以上の28個の地震についてグリッドサーチ法とHYPOSATによる震源を, USGS震源を基準として検証を行った.
5.1 震源の水平位置の差
Fig.10にUSGS震源との水平位置の差の分布を示す. 横軸はUSGS震源との水平距離差(km)である. グリッドサーチ法,HYPOSATともに, 震源位置の差の平均は24kmであった.誤差の分布も,ほぼ同じような傾向であるのが分かる.
5.2 震源の深さの差
Fig.11にUSGS震源との深さの差の分布を示す. 横軸は,USGS震源との深さの差(km)である.
深さの差の平均はグリッドサーチ法は26km,
HYPOSATは25kmとほとんど同じだがグリッドサーチ法のほうがHYPOSATより誤差の大きいところが多いことが分かる.
6. 最後に
LISSデータをリアルタイムでダウンロードし, 表示,検測,震源計算することが可能となった. 波形の検測から震源計算までの所要時間は3~5分である. 今後解決すべき課題を以下に示す.
・走時残差の評価方法 グリッドサーチ法では走時残差の評価方法が重要である. 現在は,すべての検測値をそのまま使っているため精度の悪い検測値の影響が大きいが, 震央距離や検測精度による重み付けなど, 走時残差の評価方法を高度化することによってより精度の高い震源計算が可能となる.
・Depth Phaseを使った震源計算
現在はP相のみを使っているが, Depth Phase(pP,sPなど)を使えば,震源の深さの精度の向上が期待できる.
・計算時間の短縮
さらに高度な震源計算を行うためには,計算時間の短縮が必要である.
これらの課題について,今後取り組む予定である.
貴重な助言をいただいた精密地震観測室の職員, 並びにコンピュータ,ネットワークの管理を行っている担当者に感謝いたします.
参考文献
古舘友通, 2002, LISSデータの利用方法, 気象庁精密地震観測室技術報告, 19, 3-6.
Anthony Lomax and Jean Virieux, 2000,Probabilistic earthquake location in 3D and layered models, Advances in Seismic Event Location, Kluwer Academic Publishers, 101-134.
Dreger, D., R. Uhrhammer, M. Pasyanos, J. Frank, and B. Romanowicz, 1998, Regional and far-regional earthquake locations and source parameters using sparse broadband networks, Bull. Seism. Soc. Am., 88, 1353-1362.