日射・赤外放射 さらに詳しい知識

このページでは、日射・赤外放射に関するさらに詳しい知識について掲載しています。

(1)日射・赤外放射と気候変動の関係

 日射とは地球が太陽から受け取るエネルギーであり、地球の大気現象を起こす源です。

 太陽から地球大気に入射した日射の一部は、雲や大気中のごく小さなちり(エーロゾル)などによって宇宙空間に反射され、また、地表面に届いた日射の一部も雪・氷・砂漠などの地表面の明るい部分で反射され宇宙空間に戻ります。 それ以外の日射は、地表面(陸面、海面、湖水面など)や大気に吸収され、地表面や大気を暖めます。

 このようにして暖められた地表面や大気(雲、水蒸気、エーロゾル、温室効果ガス等を含む)からはその温度に応じた赤外線が放出(これを赤外放射という)されます。 地球の大気にわずかに含まれる二酸化炭素やメタン等は、日射についてはそのほとんどを透過しますが、地表面から地球の外に向かう赤外放射(上向き赤外放射)については吸収し、再びあらゆる方向に赤外放射を放出しています。 赤外放射の中には、地表面に向かうもの(下向き赤外放射)も含まれているため、これらのガスが存在しない場合に比べて地表面および大気の気温は高くなります。 この仕組みを『温室効果』といい、温室効果を引き起こす二酸化炭素やメタン等のガスを『温室効果ガス』といいます。

 大気中に含まれる温室効果ガスが増加すると、下向き赤外放射が増加します。 一方、地表面に達する日射は、主に雲・水蒸気・オゾン・エーロゾルなどの量によって変わります。 たとえば、1991年にフィリピンのピナトゥボ火山が噴火したときは、噴火によって成層圏にSO2ガスが注入され成層圏のエーロゾルが大幅に増加しました。 この結果、エーロゾルによって成層圏が混濁したため、噴火後約2年間にわたって地表面に到達する日射が減少し、全球の平均気温が低下しました。 このように日射や赤外放射の変化は、長期的な気候変動の要因のひとつとなりますが、気候に関連する過程は様々であり複雑に関わり合っていて、気候への影響についてはまだ十分に解明されていません。 つまり、気候変動の監視やメカニズムの解明、精度良い予測のためには日射や赤外放射の精密な観測がなくてはならないものなのです。

日射と赤外放射の関係

日射と赤外放射の関係

(2)基準地上放射観測網(BSRN)

 基準地上放射観測網(BSRN)は、気候変動の理解と予測の不確実性の低減に不可欠である太陽放射・地上放射を精密に測定するために、世界気候研究計画(WCRP)/全球エネルギー・水循環観測計画(GEWEX)の下に設立され、2004年からは全球気候観測システム(GCOS)の地上放射観測網も担っています。

 全世界約60地点の観測点で観測が行われており、BSRNにおいて観測されたデータは、世界放射モニタリングセンター(ドイツ,アルフレッド・ウェゲナー極地海洋研究所(AWI))によって無償で提供されています。 また、BSRNでは、放射測定における新技術の開発などを行っており、WMO測器観測法委員会(CIMO)における放射測定技術の発展に対して先導的役割を担っています。

 気象庁の日射放射観測点(網走、つくば(館野)、石垣島、南鳥島、昭和(南極))も運用中のBSRN観測地点として登録され、データが利用されています。

BSRN観測地点

BSRNの観測地点 (2024年7月現在)

世界放射モニタリングセンター (WRMC:World Radiation Monitoring Center)のHPより

(3)直達日射観測等の変遷

 直達日射量とは、太陽光線の入射方向に垂直な面で受けた日射量です。 1932年に直達日射観測を開始した当時は銀盤式日射計を用いていました。 銀盤式日射計は精度が良く安定性に優れており、その蓄積されたデータには高い信頼性があります(関根ほか, 1973)が、観測は手作業であり、また連続観測ができないという欠点がありました。 銀盤式日射計は、1978年から直達電気式日射計を赤道儀に搭載した装置に順次切り替えられ、直達日射量の連続観測が可能となりました。さらに1992年からは自動太陽追尾装置に直達電気式日射計を搭載し、完全な自動観測が開始されました。 2010年から国内5地点、2024年からは国内4地点において、精密日射放射観測装置を用いて直達日射量に加えて散乱日射量(水平面で受ける太陽方向以外からの日射量)及び下向き赤外放射量(水平面で受ける大気(雲、水蒸気、エーロゾル、温室効果ガス等を含む)からの赤外放射量)の観測を実施しています。

精密日射放射観測装置

精密日射放射観測装置

(4)大気混濁係数の算出

 大気混濁係数には様々な定義がありますが、気象庁ではホイスナー・デュボアの混濁係数を算出しています。 大気混濁係数の算出には、地方真太陽時の9時、12時、15時の各正時をはさむ前後30分間の中で太陽方向に雲がない時間帯の直達日射量瞬間値を使用します。

 波長における直達日射量は、大気路程と光学的厚さが増加すると指数関数的に減少します。 地上に到達する波長における直達日射量は、Lambert-Beerの法則により、次式で表されます。

      (1)

 ただし、は波長における大気外日射量、は大気路程が1のときの大気の光学的厚さ(垂直気柱についての直達日射の減衰係数)、は大気路程(日射が通過する大気層の厚さ。標準気圧(1気圧)における鉛直方向の気層の厚さを1とする)です。

 Lambert-Beerの法則は、単一波長の日射に関する法則であり及びは波長に依存しています。 一方、気象庁が行っている直達日射観測は、約0.3~3.0µmの波長帯を対象としていますが、波長積分した場合にも近似的に上式が成り立つとして、次のとおり大気混濁係数を求めます。

 (1)式を波長積分して、直達日射量に対する減衰の式を次式であらわします。

      (2)

 (2)式のは、日射減衰量にかかわる要素に分けて次式で表されます。

      (3)

 ここで、は標準気圧における水蒸気・オゾン・二酸化炭素・エーロゾルなどを含まない仮想的な大気での大気路程1のときのレイリー散乱による光学的厚さの波長平均値、は、気圧における大気路程1の時の気体(水蒸気・オゾン・二酸化炭素など)の吸収による光学的厚さの波長平均値、は気圧における大気路程1のときのエーロゾルの散乱及び吸収による光学的厚さの波長平均値、は観測時の現地気圧、は標準気圧です。

 (3)式を(2)式に代入すると、

      (4)

 さらに、リンケの混濁係数をとすると(4)式は

      (5)

となり、リンケの混濁係数を求める式は次式で表されます。

      (6)

 リンケの混濁係数は、水蒸気・オゾン・二酸化炭素・エーロゾルなどを含む現実的な大気の光学的厚さが、空気分子のみが存在するとした仮想的な大気(レイリー大気)の光学的厚さの何倍かをあらわす量です。 を求めるために必要なは、絶対大気路程の関数として与えられるため、が等しくても、気圧が異なる場合、観測値を相互比較することができません。このため、ホイスナー・デュボアはを、標準気圧で更正することを提案しました。

 ホイスナー・デュボアの混濁係数は、次式で表されます。

      (7)

 ここで、は標準気圧における水蒸気・オゾン・二酸化炭素・エーロゾルなどを含まない仮想的な大気での大気路程のときのレイリー散乱による光学的厚さの波長平均値です。

(5)直達日射計の較正

 日射観測の基準となる日射スケールは、古くは、オングストローム直達日射計を基準にしたオングストローム日射スケール(欧州)と流水式直達日射計と銀盤式日射計を基準にしたスミソニアン日射スケール(米国)が存在していましたが、両基準器を比較したところ基準器の構造上の違いによる系統的な差が明らかになりました。 このため、1956年に両者を統一した世界共通の国際日射スケール(IPS-1956)が制定されました。さらに、1977年には絶対放射計群で維持される世界放射基準(World Radiometric Reference: WRR)が確立され、1981年からは世界気象機関(WMO)における日射放射観測基準として採用されています。

 気象庁では、日射観測の開始以来長くスミソニアン日射スケールを使用していましたが、1957年から国際日射スケールIPS-1956を採用し、また1981年からは世界放射基準を採用しています。

 日射観測の基準を維持・管理し、全球的に均質で精度の高い日射観測データを得る目的で、スイスにWMO世界放射センター(スイス・ダボス物理気象観測所(PMOD))が設立され、1971年に直達日射計の較正体系が確立されました。 日射観測の基準(WRR)は、世界放射センターが維持している世界基準器群によって決定しています。この世界放射基準は、5年ごとに各地区放射センターや各国の基準器を較正する国際日射計比較観測によって、各々の測器に伝達され、日射観測の精度が世界的に均質に保たれています。

 気象庁は、1965年に開催されたWMO第Ⅱ地区(アジア)第4回会議において、WMO第Ⅱ地区(アジア)放射センターに指名されました。 気象庁は、1970年から世界放射センターで5年ごとに開催される世界基準器群との比較観測に参加し、地区基準器群の維持・管理に努めるとともに、第Ⅱ地区内の各国の国家基準器との相互比較観測を実施し、地区内日射観測の精度維持に貢献しています(WMO第Ⅱ地区放射センター参照)。

 また、日本の地区放射センターは国家放射センターの役割も担っており、日本国内で使用される直達日射計の較正も担当しています。 気象庁において観測に使用している直達日射計については、国家基準器との比較観測、温度変化に対する出力の線形性の検査(温度特性検査)からなる検査を5年ごとに実施し、精度を維持しています。

国際日射計比較観測風景(IPC-XI)

国際日射計比較観測風景(IPC-XI)

第11回国際日射計比較(IPC-XI)観測風景(2010年)


国際日射計比較観測履歴

実施年 実施場所
1 1959 スイス・ダボス Davos, Switzerland
2 1964 スイス・ダボス Davos, Switzerland
3 1970 スイス・ダボス Davos, Switzerland
4 1975 スイス・ダボス Davos, Switzerland
5 1980 スイス・ダボス Davos, Switzerland
6 1985 スイス・ダボス Davos, Switzerland
7 1990 スイス・ダボス Davos, Switzerland
8 1995 スイス・ダボス Davos, Switzerland
9 2000 スイス・ダボス Davos, Switzerland
10 2005 スイス・ダボス Davos, Switzerland
11 2010 スイス・ダボス Davos, Switzerland
12 2015 スイス・ダボス Davos, Switzerland
13 2021 スイス・ダボス Davos, Switzerland

(6)最近の知見や話題

地球の暗化と明化

 1960年以降、工場地帯だけでなく、マウナロアや北極・南極のような清浄な環境を含めた世界的な多くの地域で地表における日射の減少が観測されました。 この現象は地球の暗化(Global Dimming)と呼ばれています。1961年から1990年までの日射の減少は、全球の地表において30年で4%(7 W/m2)に達すると見積もられています(Liepert, 2002*1)。 この原因は人間活動からのエーロゾルとエーロゾル前駆物質の放出増加が、エーロゾルと雲の光学的厚さを増加させたためと考えられています。

 地上の日射のこの減少にもかかわらず、陸上地表温度は、1961~1990年間に約0.4K増加しました(Jones et al., 1999*2)。 Wild et al.(2004)*3は、この増加は温室効果ガスの増加では説明できず、地表でのエネルギーバランスから、地表からの水蒸気蒸発量(潜熱)の減少の可能性を指摘しています。 Roeckner et al.(1999)*4とLiepert et al.(2004)*5も、モデル等の解析から、人為起源のエーロゾルによる光学的厚さの増加に起因する地表での日射の減少が、温室効果ガスが引き起こす地表温度の上昇より、地表のエネルギーバランスに対してもっと重要であることを示しています。 このように、地表における日射の減少は、潜熱フラックス等を通して降水を含めた水循環に影響を及ぼす可能性が指摘されています。

 一方、主として北半球の1990年以降の観測によると、地球の暗化は1990年代まで継続せず、代わりに1980年代末以降、広い範囲で日射の増大が観測されています(Wild et al., 2005*6; Ohmura, 2009*7)。 これは地球の暗化(Global Dimming)に対して地球の明化(Global Brightening)と呼ばれています。

黒色炭素エーロゾルの長期変化傾向

 石炭やディーゼルエンジン、薪などの生物燃料等から放出される黒色炭素(ブラックカーボン)エーロゾルは、太陽光を吸収し大気を暖めて温暖化を促進するため、近年その監視が重要となっています。 2010年より気象庁では、直達日射の観測に加え、散乱日射の観測も行っています。直達日射、散乱日射の観測データと数値モデルによる放射計算から、大気中に浮遊しているエーロゾルの質の指標となる一次散乱アルベドを解析することができます。 エーロゾルの一次散乱アルベドは、エーロゾルに含まれる黒色炭素が増えると減少することから、大気中の黒色炭素の長期変動監視に利用することができます。 つくばでこれまで実施してきた研究観測から得られるエーロゾルの一次散乱アルベド及び光学的厚さの経年変化を見ると、1990年以降一次散乱アルベドが増加し、エーロゾル光学的厚さも減少しています(下図)。 これは、環境規制による黒色炭素の排出量減少が影響している可能性があると考えられています(Kudo et al. 2010*8)。

一次散乱アルベドの経年変化

つくばにおけるエーロゾルの質の指標となる一次散乱アルベドと
エーロゾル光学的厚さの年平均値の経年変化(1975~2008年)

参考文献

  • (*1):Liepert B. G., 2002: Observed reductions of surface solar radiation at sites in the United States and worldwide from 1961 to 1990. Geophysical Research Letters 29, doi: 10.1029/2002GL014910.
  • (*2):Jones, P. D., M. New, D. E. Parker, S. Martin, and I. G. Rigor, 1999: Surface air temperature and its variations over the last 150 years. Reviews of Geophysics, 37, 173-199.
  • (*3):Wild, M., and A. Ohmura, Swiss Federal Institute of Technology, 2004: BSRN Longwave downward radiation measurements combined with GCMS show promise for greenhouse detection studies. GEWEX News, 14, No.4.
  • (*4):Roeckner, L. Bengtsson, J. Feichter, J. Lelieveld, and H. Rodhe, 1999: Transient climate change simulations with a coupled atmosphere-ocean GCM including the tropospheric sulfur cycle, J. Clim., 12, 3004-3032.
  • (*5):Liepert B. G., J. Feichter, U. Lohmann, and E. Roeckner, 2004: Can aerosols spin down the water cycle in a warmer and moister world. Geophys. Res. Lett. 31, doi:10.1029/2003GL019060.
  • (*6):Wild, M., H. Gilgen, A. Roesch, A. Ohmura, C. N. Long, E, G. Dutton, B. Forgan, A. Kallis, V. Russak, A. Tsvetkov, 2005: From Dimming to Brightening: Decadal Changes in Solar Radiation at Earth’s Surface, Science, 308, 741-908.
  • (*7):Ohmura, A., 2009: Observed decadal variations in surface solar radiation and their causes, J. Geophys. Res., 114, D00D05, doi:10.1029/2008JD011290.
  • (*8):Kudo, R., A. Uchiyama, A. Yamazaki, and E. Kobayashi, 2010: Seasonal characteristics of aerosol radiative effect estimated from ground-based solar radiation measurements in Tsukuba, Japan, J. Geophys. Res., 115, D01204, doi:10.1029/2009JD012487.

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