◆ トピックス ◆

Ⅴ 気象庁の国際協力と世界への貢献

 大気に国境はなく、台風等の気象現象は国境を越えて各国に影響を及ぼします。世界各国が精度の良い天気予報とそれに基づく的確な警報・注意報等の気象情報を発表するためには、気象観測データや予測結果等の国際的な交換や技術協力が不可欠です。このため、気象庁は、世界気象機関(WMO)等の国際機関を中心として世界各国の関連機関と連携しているほか、近隣諸国との協力関係を構築しています。

 このトピックスでは、令和6年(2024年)の第3回WMO専門委員会、オーストラリア気象局との「気象衛星の利用に関する協力覚書」の締結、第6回世界気候研究計画(WCRP)再解析国際会議といった気象業務に関する最近の国際的な動向について紹介します。


Ⅴ-1 WMO専門委員会と気象庁の貢献

(1)WMO専門委員会について

 我が国を含む世界各国の気象業務は、大気や海洋の観測データの国際交換など、様々な国際協力の上に成り立っており、世界気象機関(WMO)が作成する国際的な規則に従って行われています。

WMOの組織構成

 WMOの規則等について技術的な検討を行うため、「観測・インフラ・ 情報システム委員会(インフラ委員会:INFCOM)」と「気象・気候・水文・海洋・環境サービス及び応用委員会(サービス委員会:SERCOM)」の2つの専門委員会が設置されています。インフラ委員会は、情報通信、数値予報、観測等の分野について、サービス委員会は、航空気象、気候、防災・公共、水文、海上気象・海洋などの分野におけるサービスについて、技術規則の作成等を任務としています。また、この2つの専門委員会の下には、多くの専門家チーム等が設置されており、これらのメンバーは、それぞれの専門分野ごとに各国が推薦した候補者からジェンダーや地域バランスも配慮しつつ選出されます。

 専門家チーム等で作成された技術規則等の草案は、専門委員会で審議された後、最高意思決定機関である「総会」(全加盟国参加のもと4年に一回開催)あるいは、総会で選出された国家気象水文機関の長等で構成される「執行理事会」(1年に一回開催)に諮られて、承認されます。

(2)第3回専門委員会

 令和6年3月に第3回サービス委員会がインドネシア・バリにて、同年4月に第3回インフラ委員会がスイス・ジュネーブにてそれぞれ開催され、我が国からも代表団が出席して議論に貢献しました。これらの会合では、早期警戒システム(警報等の防災気象情報を提供する仕組み)によりすべての人々を気象災害等から守ることを目指して立ち上げられた国連早期警戒イニシアティブ「すべての人々に早期警戒を(EW4All)」に関連するWMOの取組、ビッグデータ・AI等の新たな技術の気象業務への活用、次世代のWMOの情報通信システムなど、将来のWMOの基盤となるシステムや各国の気象業務の方向性に関わる議論が行われました。また、専門家チームの構成等も今後4年間のWMOの重要事項に沿って一新され、そのメンバーに気象庁からは約30名が選出されました。

 気象庁は、WMOの枠組の下で多くの全球/地区センターを運営し、アジア・太平洋地域を中心に多くの国の気象業務を支援しています。全球/地区センターの活動も専門家チームの重要議題の一つであり、これらのセンター業務により得られた知見も活かして専門家チームの活動に貢献していくことが期待されています。

 世界の気象業務の一層の発展には、各国の観測データの品質改善や国際交換、気象業務に関する専門的知識の共有等の促進が不可欠です。気象庁は引き続き、積極的に国際協力を推進してまいります。

第3回インフラ委員会の出席者集合写真

コラム

●気象予測プロダクトの円滑な提供に向けたWMOの取り組み


世界気象機関(WMO)インフラ部データ・予測システム部門

WMO統合データ処理・予測システム課長

本田 有機


 WMO統合データ処理・予測システム(WMO Integrated Processing and Prediction System, WIPPS)は、加盟国の現業予報センターを中心とした国際的なネットワークで、日々の気象業務に不可欠な、様々な予測プロダクト等を国際的に提供するために構築されたWMOの全球的な基盤システムの一つです。

 WMOでは、加盟国の様々な分野の予報業務を支援するために、全球数値予報、台風予報や環境緊急対応など、30以上の分野で予測プロダクトの提供等を推進しており、その役割を担うことができるセンターをWIPPS指名センター(WIPPS-DC、別名は地区特別気象センター(RSMC))として指名しています。センターの活動の内容やプロダクトについては、WMOの専門家が現在の科学技術のレベルや利用者のニーズを踏まえて検討し、インフラ委員会で精査された上で、WMO総会又は執行理事会において承認されています。これらセンターの予測プロダクトの一部である数値予報プロダクトは、国連早期警戒イニシアティブ「すべての人々に早期警戒を」(EW4All)の目的達成のために見直され、特に開発途上国のニーズを踏まえて、大幅に拡充されることが昨年決まりました。気象庁は、世界気象センター(WMC)、波浪数値予報RSMC、ナウキャストRSMC、熱帯低気圧予報RSMC、地区気候センターなど、多くの重要なWIPPS指名センターを担っています。気象庁が、これらセンターの活動として提供する、先進的な地球システム予測技術を駆使した高品質な解析・予測プロダクトは、開発途上国を含む各国の気象予報、季節予報、海況予報や関連する警報発表業務等に大きく貢献しています。

 一方で、WIPPSには、プロダクトがWMOの全加盟国に必ずしも十分に認知・有効利用されていないという課題があります。このため、WIPPSプロダクトへのアクセス改善と利用推進を目指し、WIPPS指名センターの情報を集約したポータルサイトの立ち上げ、WIPPSの最新の動向を伝えるニュースレターの発行やWIPPS指名センターと連携したウェブセミナーの開始、オンライン研修資料の整備などを進めています。

 全てのWMO加盟国が有益な予測情報をタイムリーに得られるように、人工知能などの科学技術の進展を踏まえ、今後もWIPPSの更なる発展に努めていきます。


コラム

●ともに立ち上がろう


フィリピン気象局(DOST-PAGASA)気象スペシャリストI

ロバート・B・バドリーナ


 フィリピンは環太平洋火山帯に位置する7000以上の島々からなる群島国で、日本に匹敵する国土面積と人口を有しています。そして、20以上の活火山が位置し、年間20前後の熱帯低気圧に見舞われるなど、熱帯低気圧、火山噴火、地震などの災害と常に直面しており、日本と似た境遇にあることから、日本の防災対策の知識や経験がとても役立っています。

 気象庁は、WMOの枠組において多くの国際的なセンターを運営し、フィリピンを含む開発途上国の国家気象機関が熱帯低気圧やモンスーンなどの気象現象の監視や予測を行うために不可欠なデータを提供するとともに、研修等を通じた人材育成の支援を行っています。

 例えば、気象庁が運営する熱帯低気圧に関する地区特別気象センターは北西太平洋の台風の解析・予報や高潮予測に関する情報を周辺国に提供するなど、台風災害を軽減するための中核を担っています。フィリピン気象局では、これらの情報を活用しつつ、気象庁の高潮の専門家である高野洋雄氏の技術指導のもとで気象庁の高潮モデルを運用しています。2013年にフィリピンを襲った台風ヨランダ(平成25年台風第30号、国際名:ハイヤン)の際には、この高潮モデルの計算結果も活用して、高潮の高さを予測することができました。

 私は、令和6年度のJICA(国際協力機構)課題別研修「気象業務能力向上」のプログラムに参加する機会を得て、気象庁から気象業務に関する多くの知見を得ることができました。この研修で得られた知見や多くの気象庁職員とのつながりは、私個人の日常業務だけではなく、フィリピン気象局の気象サービスの一層の強化に役立つと確信しています。

 フィリピンでは、親しみを込めて兄のことを「クヤ」と呼びます。気象庁は私たちにとって「クヤ」のような存在であり、災害に直面する私たちにいつでも手を差し伸べてくれます。この場を借りて深く感謝します。


Ⅴ-2 オーストラリア気象局と「気象衛星の利用に関する協力覚書」を締結

 気象庁は、令和6年(2024年)11月11日に、日本やオーストラリア、またアジア・オセアニア地域における災害リスクの更なる軽減に貢献することを目的として、オーストラリア気象局と「気象衛星の利用に関する協力覚書」を締結しました。オーストラリア気象局とは、気象庁が「ひまわり」初号機の運用を開始した昭和53年(1978年)以来、約半世紀にわたって、衛星分野における気象庁の重要なパートナーとして協力関係を築いてきましたが、この協力覚書の締結は次期静止気象衛星「ひまわり10号」の観測機能の向上を契機としてさらに協力関係を強化するものです。ここでは、両気象局が衛星分野において取り組んできた協力の歴史を振り返ってみたいと思います。

(1)「ひまわり」初号機の時代から動き出した衛星分野における協力

 我が国初となる静止気象衛星「ひまわり」の開発は、昭和48年(1973年)までに気象庁が進めてきた技術調査をもとに、宇宙開発事業団(現国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA))によって、作業が進められました。昭和52年(1977年)7月14日には、アメリカ・フロリダ州ケープカナベラルから「ひまわり」初号機が打ち上げられ、翌年の昭和53年4月6日に本格的な観測運用を開始しました。

 衛星の運用には、地上システムが必要であり、衛星からのデータを受信する気象衛星通信所(埼玉県鳩山町)やデータ処理センター(東京都清瀬市)を設置しました。また、宇宙空間にある衛星の詳細な位置を把握するため、当時の衛星では、衛星と通信可能な地理的範囲内に地上施設(測距局)を3地点設け、衛星と各測距局間で電波をやり取りし、それに要した時間から衛星の正確な位置を決定する必要がありました。

オーストラリア測距局

 そのため、国内に限らず国外でも測距局の設置可能性を探るべく、昭和46年(1971年)にオーストラリアに測距局を設置することを要請し、前向きな回答を得ました。その後も、オーストラリアとの対話を続けながら、外務省をはじめとする国内関係機関との調整を進めることで、昭和49年(1974年)、オーストラリア政府の協力を得て首都キャンベラに近いオローラルバレーに測距局を設置することが事実上決定しました。そして、昭和52年7月7日には、政府間での交換公文が締結され、同時に当局間での実施取極めを締結し、正式にオーストラリアが3地点の測距局のうち1地点を担うことになりました(ほか2地点は気象衛星通信所及び石垣島)。

 「ひまわり6号」以降は、衛星の正確な位置決定に必要な測距局が3地点から1地点となったため、オーストラリアの測距局は「ひまわり5号」とともにその役割を終えました。

(2)現行衛星「ひまわり8号・9号」によるデータ利活用における協力

 気象庁では、平成30年(2018年)から「ひまわり8号・9号」の観測機能の一部を使って、各国気象機関から要請された領域に対して、1,000km四方を2.5分ごとに観測する高頻度機動観測「ひまわりリクエスト」を実施しています。この取組の開始以降、観測範囲内の諸外国において、「ひまわり」の観測データが、火山噴火や大雨などの自然災害への一層のリスク軽減のために活用されています。特に、オーストラリア気象局は、オセアニア地域の調整役として「ひまわりリクエスト」の効率的な運用に関して気象庁と連携するとともに、「ひまわりリクエスト」を積極的に活用するユーザーとして、その観測データを森林火災や熱帯低気圧などの災害リスクの軽減に役立てています。

「ひまわりリクエスト」の観測例

(3)次期静止気象衛星を契機とした気象衛星分野における新たな協力

 気象庁では、現在、線状降水帯等の予測精度の向上に向けて、最新技術を導入した次期静止気象衛星「ひまわり10号」の運用開始に向けた整備を進めています。これを契機に日本やオーストラリア、またアジア・オセアニア地域における災害リスクの更なる軽減に貢献することを目的として、令和6年11月11日に、オーストラリア気象局と「気象衛星の利用に関する協力覚書」を締結しました。署名式には、オーストラリア気象局のJohnson長官が来庁し、またオーストラリア大使館からJustin Hayhurst駐日オーストラリア大使も臨席されました。

 今回の協力覚書の締結により、両気象局は、ひまわりの観測データや観測機能のより一層の利用、アジア・オセアニア地域における国際協力の更なる強化などについて協力して取組みを進めていきます。また、「ひまわり10号」では、特定の領域を高頻度で観測する機能によりオーストラリアにおける森林火災や大雨などの自然災害に対して、画像を提供していく予定です。

 今後は、ひまわり10号のデータの利活用をさらに広げるとともに、オーストラリアをはじめとするアジア・オセアニア地域への国際協力に一層取り組んでまいります。

令和6年11月11日に開催した署名式の様子

Ⅴ-3 第6回世界気候研究計画(WCRP)再解析国際会議の開催

 気象庁は、世界気候研究計画(WCRP)、「地域気象データと先端学術による戦略的社会共創拠点」(ClimCORE)、及び東京大学との共催により、第6回WCRP再解析国際会議を令和6年(2024年)10月28日~11月1日に東京で開催しました。

 最新の数値予報技術を活用し、過去の気象状態(気温、風等)を再現する技術である「再解析」によるデータは、気候変動の監視・分析などに不可欠であるとともに、近年、気象予測分野でも活用が広がりつつある人工知能(AI)の機械学習における学習データに利用されています。再解析国際会議は、世界各国の再解析に関する専門家や再解析データの利用者の会議として、約5年おきに欧州、米国、日本で開催されており、今次会議は平成20年(2008年)の第3回以来16年ぶりの日本開催となりました。

 会議には、世界27の国・地域(日本、米国、ドイツ、中国等)から約200名が参加し、再解析に関する最新の技術的知見を交換するとともに、今後の課題や将来展望に関する議論が行われました。このうち気象庁からは、過去約75年を対象として気象庁が実施した最新の再解析である「気象庁第3次長期再解析 (JRA-3Q)」等の報告を行いました。また今次会議では、「領域再解析」のセッションが再解析国際会議では初めて設けられ、東京大学が中心となり気象庁を含む産学官が参画するClimCOREの下で進める「日本域気象再解析」(日本域の気象状態を高品質・高解像度で再現する再解析データの作成とその利活用を進めるプロジェクト)の講演が行われました。その他にも世界各国の参加者から、再解析の実施状況や計画、手法、評価等の技術的知見が共有されるとともに、AI気象予測の機械学習や再生可能エネルギー分野など、多様な分野での再解析データの利用状況が紹介されました。

 会期最終日のパネルディスカッションでは、将来の再解析に向けた議論が行われました。このなかでは、気候変動問題に直面する社会への科学的情報提供の手段として再解析の重要性が確認されるとともに、将来に向けて再解析の有用性をさらに高めるため、大気・海洋間など地球全体の気候システムの一貫性や極端現象の再現性能の向上、多様化するニーズに応えるための取り組みの必要性などが議論されました。

 気象庁では会議で得られた成果を踏まえて、今後の気象業務及び国際的な気象・気候研究の発展に資する再解析の取り組みを進めるとともに、再解析データの社会での幅広い利活用に貢献していきます。

第6回WCRP再解析国際会議の様子
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